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東洋(経済)法/経/商/社会系


偏差値58( 4つ星評価 )
得点率概算69.6%
626.4点/900点満点
偏差値順位全国 529位/2324校( 学部単位 )
関東地方 227位/785校( 学部単位 )
東京都 164位/417校( 学部単位 )
国公立/私立私立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。
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【東洋大学】
概観 ■ 大学全体
東洋大学は、1887年に井上円了により創設された哲学の専修学校である私立哲学館が前身となって設立された大学で、仏教系ではないが、歴史的に仏教教育と関係の深い大学である。現在正式な略称は「東洋大」となっているが、かつては「洋大」という略称が正式なものであった。この略称は70年安保紛争時に学生運動勢力が多用したため、現在ではあまり使用されていない。スーパーグローバル大学に選定されている一校であり、また、2019年度の志願者数は122,010人で日本国内の大学全体で第2位であり、10万人以上の志願者数がいる大学で唯一前年比増加となった。
建学の理念 ■ 建学の精神
建学の精神として「諸学の基礎は哲学にあり」「独立自活」「知徳兼全」を掲げている。また、1960年代頃までは「護国愛理」を掲げていた。
◎ 建学の精神の変遷について
1896年(明治29年)、哲学館は小松宮彰仁親王から「護国愛理」の扁額を賜り、これを講堂に掲げた。この時をもって「護国愛理」は哲学館の学是になった、と東洋大学の正史は書いている。「護国愛理」は井上円了が『仏教活論序論』(1887年)で初めて用いた言葉である。その中で「護国愛理」は「国家を思うこと」と「真理を愛すること」が「一にして二ならず」であることを表す言葉として用いられており、哲学館の教育方針に関する文書にもこの言葉が存在する。 1927年(昭和2年)11月の創立40周年記念式において東洋大学の建学精神は「護国愛理」であるとの見解が中島徳蔵学長によって再確認され、大倉邦彦(大倉精神文化研究所創設者)が学長に迎えられた1937年(昭和12年)以降は戦時下の時代性を反映して「護国愛理」を重視する傾向がさらに強まった。 第二次世界大戦後も東洋大学の建学精神や教育理念を表す言葉として「護国愛理」が引き続いて用いられた。 しかし、1970年代以降は入試案内などで「護国愛理」を用いることはなくなった。 一方、「諸学の基礎は哲学にあり」の初出は1957年(昭和32年)版の入学案内で、創設者・井上円了の言葉。を典拠としてつくられた「新標語」。 なお、日本私立大学連盟が1984年(昭和59年)に刊行した『建学の精神』という文献では「護国愛理」と「諸学の源は哲学に在り」が紹介されており、新旧2つの建学精神が並存していた時期のあったことがわかる。

■ 夜間学部の充実
前身の哲学館は「余資なく優暇なき者」(資産や時間に余裕がない人々)に哲学を学べる場をという趣旨で設立された。そのため、日本の大学で唯一、都心キャンパスに設置した全ての主要学部に夜間学部を設置しており、さらに他大学が夜間学部を閉鎖する中、21世紀に入っても新規設置を続けており、教育格差の是正に貢献している。

■ 教育および研究
都心から郊外へ移転した日本の大学としては日本初の全面的な都心回帰を実施、主要学部の教育および研究は都心で実施されている。さらに現在でも都心回帰を進めている。2020年3月には、板倉キャンパス(群馬県板倉町)の機能を東京都区部や埼玉県へ移す計画を発表した。 哲学の普及を目的とする哲学館を起源とし、1903年に専門学校令に基づく哲学館大学を設立(1906年に東洋大学と改称)、1928年に複数の哲学系学科を有する旧制大学へと発展した。戦後も哲学に関する学科が多く設置されていたが、インド哲学科と中国哲学文学科は2013年に東洋思想文化学科に再編された。サステイナビリティ学連携研究機構において共生哲学分野の研究を担うなど、哲学研究においては日本有数の実績を持っている。

■ 学風および特色
入試ガイドにアニメキャラクターであるムーミンを使用する、日本の大学が主催して行う児童・生徒・学生を対象とした各種イベントの先駆けとなった現代学生百人一首を開催する、毎年新入生に同内容のアンケートを行って継続発表をするなど、ほかの大学が実施していないことを先駆けて実施することが多い。
沿革 大学令による旧制大学昇格が遅れた理由については境野事件も参照。

■ 略歴
1887年に井上円了により哲学館が創設された。その後、専門学校令による哲学館大学となり、井上引退後の1906年に東洋大学と改称した。1918年に大学令が公布されると東洋大学もいち早く昇格運動に取り組んだものの、資金不足と学校騒動に悩まされて大学昇格は大幅に遅れた。第二次世界大戦後は仏教団体や経済界からの支援を受けて拡張を続け、現在は5キャンパスに11学部11研究科を設置している。

■ 年表

・1887年 - 東京市本郷区龍岡町の麟祥院に哲学館創設(館主井上円了)。
・1888年 - 館外生制度を設け、『哲学館講義録』を発行(文科系講義録としては全国初)。
・1889年 - 新校舎が本郷区駒込蓬莱町に落成(郁文館と校舎を共用)。
・1894年 - 『東洋哲学』創刊、校友会を結成。
・1896年 - 小松宮彰仁親王から「護国愛理」の扁額を下賜される。火災により駒込蓬莱町校舎焼失。
・1897年 - 1月に漢学専修科、4月に仏教専修科を開講。小石川区原町に新校舎落成(現在の白山キャンパス)。
・1899年 - 中等教員無試験検定の取扱が許可される。
・1902年 - 哲学館事件発生、中等教員無試験検定認可取消。
・1903年 - 私立哲学館大学へ改称し、専門学校令による専門学校として設置認可。
・1904年 - 大学部(5年制)と専門部(3年制)を開設、大学部に第一科(哲学および宗教)と第二科(国語および漢文)を設置。
・1906年 - 井上円了学長退任。学校組織を財団法人に改め、私立東洋大学と改称。
・1907年 - 中等教員無試験検定の取扱再認可、留学生が初めて入学。
・1916年 - 女子の入学許可(男子の専門学校として日本初)。
・1919年 - 『東洋大学基本金募集趣意書』を発表、大学昇格運動開始。井上円了が死去。
・1920年 - 私立東洋大学の「私立」の冠称を廃止。
・1921年 - 大学部第一科・第二科を廃し印度哲学倫理学科と支那哲学東洋文学科を設置、専門部第一科・第二科を廃し倫理学教育学科、倫理学東洋文学科、文化学科、社会事業科とする。
・1923年 - 境野事件発生、大学昇格運動中断。
・1924年 - 女子が本科生となることを禁じ、聴講生のみを認める方針をとる。
・1925年 - 校歌を制定(林古渓作詞、山田耕作作曲)。
・1927年 - 大学設立認可申請書を提出(1月19日)。東洋大学創立40周年記念式典で中島徳蔵学長が東洋大学の建学精神は「護国愛理」であるとの見解を表明。
・1928年 - 大学設立認可申請書を再提出(1月20日)、大学令による東洋大学が認可(3月30日)(旧3号館)。専門部社会事業科を専門部社会教育社会事業科へ改称。
・1929年 - 大学令による文学部(哲学科・仏教学科・国文学科・支那哲学支那文学科)を開講。図書館竣工。
・1930年 - 専門部文化学科を廃止。
・1931年 - 専門学校令による大学部を廃止。
・1933年 - 文学部に女子学生3名入学。講堂竣工(旧6号館)。
・1934年 - 専門部社会教育社会事業科を廃止。十六教授辞職事件。
・1939年 - 専門部拓殖科を設置。
・1941年 - 専門部経済教育科を設置。学友会を東洋大学護国会に改組。
・1943年 - 東洋大学護国会を東洋大学報国団に改組。
・1944年 - 『教育ニ関スル戦時非常措置方策』を受けて、文学部5学科を2学科に、専門部4学科を2学科に縮小。
・1945年 - 空襲により原町校舎に甚大な被害が及ぶ。
・1946年 - 文学部に社会学科を設置。
・1950年 - 経済学部・短期大学部を開設
・1951年 - 学校組織を財団法人から学校法人に変更。
・1952年 - 文経学部を文学部第2部(国文学科・社会学科)と法経学部(第2部のみ、経済学科・法律学科)に改組、大学院(文学研究科)を開設。
・1955年 - 獅子吼会事件(~1957年)。
・1956年 - 法学部を開設。
・1962年 - 旧制東洋大学廃止。工学部土木工学科と建築学科を設置。
・1976年 - 工学部情報工学科を設置。
・1979年 - 文学部仏教学科を印度哲学科と改称。経済・経営・法学部の2年生を朝霞に移転(のち廃止)。
・1996年 - バイオ・ナノエレクトロニクス研究センターを開設。
・1997年 - 板倉キャンパスを設置。
・2003年 - 白山キャンパスの再開発工事完了。
・2004年 - 法科大学院(専門職大学院法務研究科法務専攻)を開設。
・2013年 - 東洋大学125周年記念館竣工。国際地域学部・法科大学院と一部の研究施設を白山キャンパスに移転。文学部インド哲学科と中国哲学文学科を東洋思想文化学科に再編。
・2016年 - 文学部日本文学文化学科と法学部法律学科の通信教育課程について、2018年度以降の学生募集停止を発表。
・2017年 - 情報連携学部および大学院情報連携学研究科の教育研究活動を赤羽台キャンパスで開始(総合情報学部の赤羽台キャンパス(仮称)へ移転計画は中止)。
・2020年 - 板倉キャンパスからの移転予定を発表
・赤羽台キャンパス(東京都北区赤羽台1-7-12、旧北区立赤羽台中学校跡地)
 ・このほかに大手町サテライト(東京都千代田区大手町2-2-1新大手町ビル1F)を設置

■象徴

◎校歌

・大学歌
 ・亜細亜の魂
 ・林古渓作詞、山田耕作作曲
 ・大学の公式歌であり、入学式や卒業式で必ず歌われる。かつては3番まであった
 ・メディアコミュニケーション学科
 ・社会心理学科
 ・第2部社会学科(夜間)
 ・第2部社会福祉学科(夜間)
・国際地域学部
 ・国際地域学科
  ・国際地域専攻
  ・地域総合専攻(夜間)
 ・国際観光学科
・国際学部(国際地域学部を改組し、2017年4月開設)
 ・グローバル・イノベーション学科
 ・国際地域学科
  ・国際地域専攻
  ・地域総合専攻(夜間)
・国際観光学部(国際地域学部を改組し、2017年4月開設)
 ・国際観光学科
・情報連携学部(2017年4月開設)
 ・情報連携学科
・ライフデザイン学部
 ・生活支援学科
  ・生活支援学専攻
  ・子ども支援学専攻
 ・健康スポーツ学科
 ・人間環境デザイン学科
・理工学部(2009年、工学部から改組設置)
 ・機械工学科
 ・生体医工学科
 ・電気電子情報工学科
 ・応用化学科
 ・都市環境デザイン学科
 ・建築学科
・総合情報学部
 ・総合情報学科
・生命科学部
 ・生命科学科
 ・応用生物科学科
 ・食環境科学科(2013年、食環境科学部食環境科学科に改組)
・食環境科学部(2013年、生命科学部食環境科学科から改組設置)
 ・食環境科学科
 ・健康栄養学科
◎ 研究科

・文学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程)
 ・哲学専攻
 ・インド哲学仏教学専攻(2011年4月、仏教学専攻より名称変更)
 ・日本文学文化専攻(2014年、国文学科より名称変更)
 ・中国哲学専攻
 ・英文学専攻
 ・史学専攻
 ・教育学専攻
 ・英語コミュニケーション専攻
・社会学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程)
 ・社会学専攻
 ・社会心理学専攻
 ・福祉社会システム専攻(2018年4月、開設)
・法学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程)
 ・私法学専攻
 ・公法学専攻
・経営学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程)
 ・経営学専攻
 ・ビジネス・会計ファイナンス専攻(会計大学院ではない)
 ・マーケティング専攻
・経済学研究科
 ・経済学専攻(博士前期課程・博士後期課程)
 ・公民連携専攻(修士課程)
・国際学研究科(2018年4月、開設。博士前期課程・博士後期課程)
 ・国際地域学専攻
・国際観光学研究科(2018年4月、開設。博士前期課程・博士後期課程)
 ・国際観光学専攻
・社会福祉学研究科(2018年4月、開設。博士前期課程・博士後期課程)
 ・社会福祉学専攻
・ライフデザイン学研究科
 ・生活支援学専攻(修士課程)
 ・健康スポーツ学専攻(修士課程)
 ・ヒューマンライフ学専攻(博士後期課程)
 ・人間環境デザイン専攻(博士前期課程・博士後期課程)
・理工学研究科
 ・機能システム専攻
 ・生体医工学専攻
 ・電気電子情報専攻
 ・応用化学専攻(以上の専攻は博士前期課程・博士後期課程)
 ・都市環境デザイン専攻(修士課程)
 ・建築学専攻(博士前期課程)
 ・建築・都市デザイン専攻(博士後期課程)
・学際・融合科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
 ・バイオ・ナノサイエンス融合専攻
・生命科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
 ・生命科学専攻
・総合情報学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
 ・総合情報学専攻
・食環境科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
 ・食環境科学専攻
・情報連携学研究科(修士課程)
 ・情報連携学専攻
・工学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程。2014年4月に理工学研究科へ改組)
 ・機能システム専攻
 ・バイオ・応用化学専攻
 ・環境・デザイン専攻
 ・情報システム専攻
・国際地域学研究科(全専攻、博士前期課程・博士後期課程。2018年4月に上述の国際学研究科と国際観光学研究科に改組)
 ・国際地域学専攻
 ・国際観光学専攻
・福祉社会デザイン研究科(2018年4月に上述の社会福祉学研究科、社会学研究科、ライフデザイン学研究科に改組)
 ・社会福祉学専攻(博士前期課程・博士後期課程、2006年に社会学研究科より移管)
 ・福祉社会システム専攻(修士課程、2006年に社会学研究科より移管)
 ・ヒューマンデザイン専攻(博士前期課程・博士後期課程)
 ・人間環境デザイン専攻(博士前期課程・博士後期課程)
・法務研究科
 ・法務専攻(法科大学院)
◎ 短期大学部
東洋大学短期大学は1950年に夜間帯に講義を行う東洋大学短期大学部として設置された。1963年には1部を設置、1966年には東洋大学短期大学と改称した。 しかし、短期大学を志望する受験生の減少や白山キャンパスの効率利用の観点からまず2001年に観光学科を国際地域学部国際観光学科として改組、2002年には英文学科を文学部英語コミュニケーション学科として、日本文学科を文学部国文学科と統合して文学部日本文学文化学科として、それぞれ改組した。これをもって短期大学は廃止となり、現在は東洋大学に短期大学部は設置されていない。
◎ 附属機関
かつて大学附置研究所と言う名称であったが、現在は附属研究所・センターと呼んでいる。
・研究所・研究センター
 ・学術研究推進センター
 ・産学協同教育センター
 ・知的財産・産学連携推進センター
 ・人間科学総合研究所
 ・現代社会総合研究所
 ・東洋学研究所
 ・アジア文化研究所
 ・地域活性化研究所
 ・工業技術研究所
 ・バイオ・ナノエレクトロニクス研究センター
 ・計算力学研究センター
 ・植物機能研究センター
 ・共生ロボット研究センター
 ・国際共生社会研究センター
 ・21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センター
 ・経営力創成研究センター
 ・共生思想研究センター
 ・木と建築で創造する共生社会研究センター
 ・福祉社会開発研究センター
 ・PPP研究センター
 ・生体医工学研究センター
 ・「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ
 ・先端光応用計測研究センター(2008年度閉鎖)
 ・地域産業共生研究センター(2008年度閉鎖)
 ・アジア地域研究センター(2009年度閉鎖)
 ・国際交流センター
 ・井上円了記念学術センター
 ・生涯学習センター
 ・情報システムセンター
・図書館
 ・付属図書館
  ・工学部分館
  ・朝霞分館
  ・板倉分館
・井上円了記念博物館
・井上円了ホール
・セミナーハウス
 ・鴨川セミナーハウス(2004年8月設置)
 ・富士見高原セミナーハウス(2004年8月設置)
 ・河口湖セミナーハウス(2010年8月設置)
 ・箱根保養所
  ・以前は只見川(閉鎖時期不詳)、富津(閉鎖時期不詳)、稲取(2004年6月閉鎖)、豊丘(2004年6月閉鎖)、白馬(2009年3月閉鎖)、山中湖(2010年6月閉鎖)にセミナーハウスがあった。また、東洋大学のセミナーハウスは学生・教職員のほか、科目等履修生や卒業生も宿泊することが可能となっている。

■ 研究

◎ 21世紀COEプログラム
21世紀COEプログラムとして、1件のプロジェクトが採択された。
・2003年

◇学際・複合・新領域
 ・新機能微生物科学とナノテクノロジーの融合
◎ 私立大学学術研究高度化推進事業
文部科学省よりそれぞれの事業分野に関して以下のセンターが採択を受けて研究が行われている。
・ハイテク・リサーチ・センター整備事業
 ・バイオ・ナノエレクトロニクス研究センター「バイオ・メカ・フォトニクス融合デバイスの研究・開発」
 ・先端光応用計測研究センター
・学術フロンティア推進事業
 ・アジア地域研究センター
 ・計算力学研究センター
・社会連携研究推進事業(2004年までは産学連携研究推進事業)
 ・植物機能研究センター
 ・地域産業共生研究センター
 ・共生ロボット研究センター
・オープン・リサーチ・センター整備事業
 ・国際共生社会研究センター「環境共生社会の形成方策とその新たな展開」
 ・21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センター
 ・経営力創成研究センター
 ・共生思想研究センター「東洋思想に基づく『共生学』の構築」
 ・木と建築で創造する共生社会研究センター
 ・福祉社会開発研究センター
◎ 学術研究推進センター

・「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ
 ・2005年設立のサステイナビリティ学連携研究機構(IR36)の中で、2006年に新たに設置された協力大学のうち唯一の私立大学であった。東洋大学は「エコ・フィロソフィ」学際研究イニシアティブ(TIEPh)と冠し、環境問題やサステイナビリティに関する「エコ・フィロソフィ」樹立が任務である。

■ 教育

・現代的教育ニーズ取組支援プログラム
 ・ものづくりから学生と地域を育てる共生教育-「つくる」をテーマに「持続型共生教育プログラム:川越学」の展開へ-(2007年度採択)
・大学院教育改革支援プログラム
 ・公民連携人材育成プロジェクト(2007年度採択)
学生生活 ■ サークル活動

・大学内にある公認学生サークルは以下のようなものがある。
 ・一部体育会加盟サークル
  ・一部体育会に加盟している体育会系の各サークルで第一部の学部に所属している学生が加入している。
 ・二部体育会加盟サークル
  ・二部体育会に加盟している体育会系の各サークルで第二部の学部に所属している学生が加入している。
 ・工学部体育会加盟サークル
  ・工学部体育会に加盟している体育会系の各サークルで工学部に所属している学生が加入している。
 ・第一文化団体連合会加盟サークル
  ・自治会の一つである第一文化団体連合会に加盟している各サークル。以前は公認系のサークルが多数参加する一大勢力であったが、党派色のあるサークルが仕切るなどしたことから他のサークルの反発を招き離脱が相次いだ。現在は練習場の割り当てを協議するために加盟している音楽系・演劇系サークルを中心に40団体が加盟するに過ぎない。
 ・II部文化団体連合加盟サークル
  ・第二部の学部で構成されているサークルが加入できるII部文化団体連合に加盟している各サークル。こちらも離脱が相次ぎ、現在は4団体のみ。
 ・工学部文化団体連合サークル
  ・工学部に所属している学生が加入している工学部文化団体連合に加盟している文化系の各サークル。
 ・届出(公認)サークル
  ・大学教員の顧問がおり、所定の書式を届け出れば認可される公認サークルを東洋大学では「届出サークル」と呼んでいる。従来は体育会や文化団体連合に加盟しないサークルの活動を支援するための補完的なシステムであったが、供出金や団体へ加盟することによる義務の増加を嫌う学生サークルがこちらを選ぶことが多くなり、独自の公認システムを取る板倉キャンパスの公認サークルと含めて150以上の団体が存在している。

■ 学園祭
学園祭は各キャンパスごとに実施されている。白山祭は、学生運動、ロックアウト等で中断したため、工学祭→こもれび祭より開催回数は少ない。また、文系5学部が都心回帰する前は朝霞祭という名称で白山祭と同時開催であった。
・白山キャンパス:白山祭
・朝霞キャンパス:朝華祭(ライフデザイン学部大学祭)
・川越キャンパス:こもれび祭 
・板倉キャンパス:雷祭(雷電祭、板倉祭)
・赤羽台キャンパス:INIAD祭

■ スポーツ

・東洋大学硬式野球部は東都大学野球連盟に加盟、2009年春には第二次世界大戦後では初となる東都リーグ五連覇、2011年春には東都リーグ史上初となる春季リーグ戦五連覇を達成している。
・東洋大学陸上競技部長距離部門は過去60回以上の箱根駅伝出場歴があり、60回以上出場校で2008年まで唯一、優勝経験がなかったが、2009年の第85回大会で初の総合優勝を往路・復路優勝の完全優勝で達成、2012年には史上5校目となる往路・復路・総合の3記録を全て更新する完全新記録優勝を果たした。
・東洋大学陸上競技部短距離部門は100m元日本記録保持者で日本人初の9秒台を達成した桐生祥秀などを輩出している。
・東洋大学アイススケート部ホッケー部門は1996年から日本学生氷上競技選手権大会で6連覇を達成しており、2005年現在ではスポーツ新聞では「学生四強の一角」と書かれることが多い。
・東洋大学相撲部は卒業生に複数の関取がいる。
・東洋大学ボクシング部は2012年ロンドンオリンピック日本代表選手に金メダリスト村田諒太ら2名選出されている他、卒業生に複数のプロボクサーがいる。
・東洋大学ラグビー部は2019年時点で関東大学ラグビーリーグ戦グループ2部に在籍する。
・東洋大学水泳部は2016年リオデジャネイロオリンピック金メダリスト、萩野公介などを輩出している。
・東洋大学男子サッカー部は2019年時点で関東大学サッカーリーグ戦1部に在籍し、2018年には創部初の全日本大学サッカー選手権大会出場を果たした。
大学関係者と組織 ■ 大学関係者組織

◇ 東洋大学校友会(同窓会) : 東洋大学の同窓会は「東洋大学校友会」と称し、1894年に「哲学館同窓会」として結成された。卒業生は原則として全員校友という扱いになる。ただし、校友会費を納入していない校友は校友会組織の代表となる資格や選挙権などがない。校友の会費納付率は高いとはいえないが、学生を対象に寄附講座や学生研究奨励基金なども実施している。 : 一方、校友会館については、校友会報などで度々話題に上っている。1953年に校友会館が建設されたが、その後、学校法人東洋大学の都合により閉鎖された。1966年には現在の甫水会館の土地を購入し新校友会館建設の準備に入ったが、その後管理上の問題および大学への協力の立場から土地を大学に寄付した形をとり、「土地の名義は大学であるが、使用権は校友会とする」契約と「甫水会館建設土地は校友会が法人化の折には返還する」覚書を大学と取り交わし、父兄会(現「甫水会」)を含めた三者による共有施設として甫水会館が建設されることとなった。2000年には甫水会館が大学の生涯学習センターの拠点として改装され、それまで一般校友に開放されていた宿泊室や会議室がなくなるなど校友会館としての機能が薄れており、将来的な検討課題となっている。なお、「甫水会館」命名の由来は、井上円了が新潟県三島郡浦村(現在の長岡市)の出身であることから浦の字を甫と水(サンズイ)に分けて甫水の号を名乗っており、そこから採られた。 :職域校友会やサークルのOB会などで「白山会」という名称を使用することがあるが、地域支部が使用していないため、他大学のようにメジャーな名称にはなっていない。
◇ 東洋大学甫水会(旧父兄会) : 東洋大学には東洋大学甫水会(旧父兄会)という保護者組織がある。第1部の学生は毎年の授業料とともに会費を徴収しており、第1部はほぼ全学生の保護者が加入している。

■ 大学関係者一覧

・ 東洋大学の人物一覧
施設 ■ キャンパス
東洋大学のキャンパスは白山を中心に4カ所に散らばる。白山から見て朝霞と川越は交通の便が不便であるが、これは都営地下鉄三田線の延伸・東武東上線乗り入れ計画を念頭に置いて校地取得を行ったためである。この計画は凍結されたため、東洋大学ではキャンパス間の交通の便の悪さが懸案のまま残ってしまった。なお、文系5学部を白山へ統合した背景には交通の便の悪さもあるのではないかと学内で発行されている学生メディアが書いている。
◎ 白山キャンパス
1897年に東京市本郷区駒込蓬莱町から小石川区原町字鶏声ヶ窪(現在地)に移転した時から存在するキャンパスで、戦前は「原町校舎」と呼ばれていた。
◎ 白山第2キャンパス
国際地域学部、法科大学院、国際地域学研究科などで使用されていたキャンパス。既存施設を全て解体し、延べ約1万9900㎡規模の新校舎を建設する。2015年度より京北中学校、京北高校、京北学園白山高校が使用している。
◎ 朝霞キャンパス
文系学部の教養課程を講義するために建設されたキャンパスで現在はライフデザイン学部が使用している。
◎ 川越キャンパス
理系学部のために建設されたキャンパス。現在は理工学部と総合情報学部が使用している。
◎ 板倉キャンパス
1997年設置のキャンパス。現在は生命科学部、食環境科学部が使用している。
◎ 清水町キャンパス
東洋大学総合スポーツセンターが設置されている。
◎ 赤羽台キャンパス
2017年に情報連携学部を設置。 (総合情報学部は、当地に移転を計画していたが中止となった。)
◎ サテライトキャンパス
サテライトキャンパスとして以下の施設がある。
・大手町サテライト(東京都千代田区大手町2-2-1)
 ・使用研究科:大学院経済学研究科公民連携専攻(平日夜間のみ)
 ・大手町駅、東京駅
 ・三菱地所が管理している新大手町ビルの1階に開設されたサテライトキャンパス。

■ 学生食堂

・8号館地下1階 伝説の三丁目食堂 至って普通の学生食堂である。
・6号館地下1階 学生食堂 フードコート形式である。
 ・マントラ(カレー)
 ・デリ&カフェ
 ・チャオ・ア・ドマーニ(パスタ)
 ・鉄鍋屋
 ・東京食堂(洋食)
 ・窯焼きkitchen
 ・赤とん(韓国料理)
・3号館地下1階 麺匠シマダヤ
・4号館1階 ステラ -ファストフード
・8号館1階 トレスダイニング かつて、東洋大学の学生食堂の一つに16階建ての白山2号館に設置されたものがあった。周囲に高い建物が文京区役所くらいしかないため、大変に見晴らしが良く、特に夜景を楽しめる学食として学生教職員に親しまれていた。またTokyo Walker誌が東京都内の学食を特集した際に夜景がきれいな学食として紹介して以来、学生教職員以外の利用も増えており、安く夜景が楽しめるレストランとしても利用されていた。また、6号館の地下食堂は『アド街ック天国』白山・千石特集で第5位にランキングされた。

■ 講堂
白山キャンパスには井上円了ホールが設置され、各種学会などが精力的に開催されている。

■ 寮
かつて小石川寮と西片女子寮が存在していたが、現在は廃寮となっている。小石川寮は現在は運動部の合宿所となっている。 現在は、西台駅付近に「フィロソフィア西台」という学生寮が設置されているほか、清水町には運動部向けの寄宿舎がある。
対外関係 ■ 他大学との協定 (海外)

・以下の大学と学術交流協定を締結している。
 ・ダブリンシティ大学
 ・マールブルク大学
 ・ルイ・パスツール大学
 ・マルク・ブロック大学
 ・ロベール・シューマン大学
 ・韓国外国語大学校
 ・東国大学校
 ・大邱大学校
 ・中国人民大学
 ・大連外国語大学
 ・上海対外貿易学院
 ・復旦大学
 ・華中科技大学
 ・輔仁大学
 ・ベトナム国家大学ホーチミン校人文社会科学大学
 ・スラバヤ工科大学
 ・オレゴン州立大学
 ・モンタナ大学
 ・ミズーリ大学セントルイス校
 ・セントラル・クイーンズランド大学
・International Student Exchange Program(ISEP)に加盟しているため、ISEP加盟のアメリカ合衆国内の各大学とは相互交換留学を実施している。

■他大学との協定(国内)

・山手線沿線私立大学図書館コンソーシアムに加盟している。
・経営学部は以下の大学学部と協定関係を持つ。
 ・龍谷大学経営学部と国内相互留学制度
 ・文京学院大学経営学部と単位互換認定制度
・サステイナビリティ学連携研究機構協力大学。
・佛教図書館協会東地区相互利用に加盟している。
・大学eラーニング協議会に加盟している。
・「首都大学院コンソーシアム協定聴講生」制度を設けている。ただし、経営学研究科ビジネス・会計ファイナンス専攻、経済学研究科公民連携専攻、学際・融合科学研究科は、本協定に加盟していない。
・他大学院及び外部研究機関との委託聴講制度、及び研究指導委託制度における協定校及び協定機関は以下の通りである。 委託聴講制度における協定校
・文学研究科
 ・哲学専攻との協定校
  ・上智大学
 ・仏教学専攻との協定校
  ・駒澤大学、大正大学、立正大学
 ・英文学専攻との協定校
  ・青山学院大学、法政大学、上智大学、明治学院大学、日本女子大学、立教大学、聖心女子大学、東北学院大学、東京女子大学、津田塾大学、明治大学
 ・教育学専攻との協定校
  ・青山学院大学
・社会学研究科、社会福祉学専攻、及び福祉社会デザイン研究科、全専攻との協定校
 ・茨城大学、埼玉大学、千葉大学、東京外国語大学、都留文科大学、駒澤大学、成蹊大学、専修大学、中央大学、東京国際大学、常磐大学、日本女子大学、法政大学、武蔵大学、立教大学、流通経済大学、創価大学、立正大学、淑徳大学、明治学院大学、明治大学、大妻女子大学、上智大学
・経営学研究科
 ・経営学専攻、及びビジネス・会計ファイナンス専攻の協定校
  ・明治学院大学
・経済学研究科、経済学専攻の協定校
 ・青山学院大学、専修大学、中央大学、日本大学、法政大学、明治学院大学、明治大学、立教大学
・工学研究科の協定校
 ・東京電機大学理工学研究科
・研究指導委託制度における研究機関
 ・工学研究科と生命科学研究科が、独立行政法人海洋研究開発機構と教育・研究協力提携を締結している。
 ・工学研究科が、独立行政法人理化学研究所と教育・研究協力提携を締結している。
 ・工学研究科と国際地域学研究科が、独立行政法人国立環境研究所と教育・研究協力提携を締結している。
社会との関わり ■ 哲学堂
哲学堂公園は元々、哲学館大学の移転先として確保されていた土地である。創立者である井上円了はこの土地を大学へ譲渡していたが、引退後に大学から買い戻して哲学を感じることの出来る公園として整備をした。こうした関係から、東洋大学では井上円了の遺言に従って以下の概要で哲学堂祭を挙行している。
・毎年11月の第1土曜日に開催。
・哲学堂に祭られている四聖(孔子、釈迦、ソクラテス、カント)を順番に一人ずつ取り上げて講演を行い、哲学の思想普及に努める。
・参加者には、甘茶、珈琲、紅茶を振る舞う。

■ 鉄道駅名
1904年以降の電車の開通までは、交通機関として板橋から万世橋まで往復の乗合馬車があったが、馬車は哲学館前に来ると、「鶏声ヶ窪哲学館前」と乗降客に連呼して知らせたという。 1914~15年頃、曙町停留所を東洋大学前とする学生の働きかけがあったが、千人以上の学生がいなければと東京市から断られた。当時はまだ170~180名程度の学生数に過ぎなかった。 戦前から昭和30年代にかけての受験案内や鉄道地図では東洋大学の最寄停留所を曙町としているものが多く、旺文社の『全国大学大観』(昭和30年版)でも「国電巣鴨または水道橋駅より都電にて5分曙町下車」と記されている。 現在では東洋大学白山キャンパスの最寄り駅は白山駅または千石駅、本駒込駅となっている。 川越、朝霞とキャンパス開設時には東武鉄道へ駅名の変更(鶴ヶ島駅→東洋大川越キャンパス前、朝霞台駅→朝霞東洋大前)を要請したが、いずれも受け入れられなかった。また、営団地下鉄(東京メトロ)南北線開業時にも本駒込駅を東洋大前にするように働きかけたようだが地元地名が付けられた。そのため、板倉キャンパス開設時に「板倉東洋大前駅」という名前の駅が出来たことは東洋大学関係者にとっては悲願達成だったらしく、板倉キャンパス開学式典で塩川正十郎は駅名が付いた喜びを語っていたほどである。

■ 放送通信教育
東洋大学では1950年代後半にテレビジョンを使用した学内教育およびを実現するための研究が行われていた。文学部社会学科の米林富男を中心に大学教育におけるテレビの利用研究が行われていたが、その後遠隔地での大学通信教育にテレビを使用する研究が中心となっていった。1950年代当時、在日米軍が使用していたVHF12チャンネルが返還されるらしいという情報を元に東京証券取引所会員各証券会社は、証券取引に関する情報を東京都内の各証券会社支店へ配信するために日本証券テレビの設立を検討していた。東洋大学では日本証券テレビの空き放送時間帯を利用して大学通信教育を実施しようという計画を持っていた。さらにテレビ放送と同時にラジオ放送による通信教育も検討されており、1958年7月には超短波FM試験電波の割り当て申請を行っている。12月20日に東洋大学に学内放送用のスタジオを設置した際には超短波でテレビ・ラジオともに試験放送の送出可能な設備が設置された。まずは超短波放送からスタート、将来的にはテレビ放送も実施してラジオ・テレビの両面から勤労学生や社会人が学習できる環境を構築しようという壮大なものであった。この構想自体は、各大学の大学教員が教鞭をとり、テレビとFMラジオで講義を実施している現在の放送大学とかなり酷似しているが米林の構想が母体となっているかどうかは不明である。また、米林の論文によれば、将来的には首都圏の各大学が得意とする分野を分担して担当する大学教育放送局を立ち上げる構想もあり、塩狩(北海道)・仙台・大阪・福岡に支局をつくるという具体的なプランまで示されていた。さらに文部省はこの構想に興味を示しており、実際に1958年までの数年間にわたって、研究助成金を出していた。また、郵政省も電波行政の観点から大学による教育放送局に賛成しており、東洋大学と東海大学の試験局には一部補助金も拠出していた。 その後、超短波FM放送の試験放送自体は実施されたが、日本証券テレビ構想の挫折、郵政省と文部省の方針転換、VHF12チャンネルがなかなか返還されなかったことなどが重なったことからテレビ放送を断念することとなった。当初よりラジオのみの構想であった東海大学がFM東海から実放送局(→FM東京。現在のTFM)へ発展できたとは異なり、テレビ放送を念頭に置いていた東洋大学は構想の縮小を余儀なくされ、学内ケーブルテレビを使用した学内向けの放送授業へ転換することとなった。

■ 夜間学部
東京23区内に所在する大学キャンパスのうち、東洋大学だけが全文系学部において夜間学部を継続して設置している。さらに日本全体で「役割を終えた」として夜間学部を廃止する方向にある中、夜間学部の拡充に努めている極めて珍しい大学となっている。具体的には、2001年には社会学部に第2部社会福祉学科を新規設置した。また、2009年4月に郊外型の板倉キャンパスから都心へ移転した国際地域学部には、移転時点では夜間部が設置されていなかったが、2010年に国際地域学部国際地域学科を2専攻とし、地域総合専攻を夜間部として開設した。
附属学校 現在、以下の学校が東洋大学の附属学校となっている。
・東洋大学附属姫路中学校・高等学校
・東洋大学附属牛久中学校・高等学校
・東洋大学京北中学校・高等学校
 ・東洋大学を創設した井上円了が開校し、第二次世界大戦前まではともに財団法人東洋大学によって運営されていた。学制改革に伴う財団法人の学校法人化の際に学校法人京北学園として独立、同学校法人による運営となった。2011年に学校法人京北学園が学校法人東洋大学と合併するため、同年より東洋大学の付属学校として再び東洋大学による運営となった。

■ 過去の附属学校

・東洋大学附属南部高等学校 - 1977年に閉校、敷地と建物は青森県立南部工業高等学校に。
・東洋大学第三高等学校 - 準附属校。東洋大学の学園紛争が原因で1974年に提携解消、東海大学と提携し東海大学甲府高等学校に。
・京北学園白山高等学校

「東洋大学」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年8月7日23時(日本時間)現在での最新版を取得。

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