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中央(経済)法/経/商/社会系


偏差値66( 5つ星評価 )
得点率概算79.2%
712.8点/900点満点
偏差値順位全国 228位/2324校( 学部単位 )
関東地方 114位/785校( 学部単位 )
東京都 87位/417校( 学部単位 )
国公立/私立私立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【中央大学】
概要
年表 ・ 1885年(明治18年)
 ・ 7月 - 英吉利法律学校設置認可。
 ・ 9月 - 英吉利法律学校が東京府神田区神田錦町に開校し、初代校長増島六一郎、初代幹事渋谷慥爾が就任。
 ・ 10月 - 講義録の刊行開始。
・ 1886年(明治19年)
 ・ 7月 - 第1回卒業式を挙行。
 ・ 12月 - 私立法律学校特別監督条規により、英吉利法律学校など五大法律学校が帝国大学特別監督下に入る。
・ 1888年(明治21年)
 ・ 3月 - 五大法律学校連合大討論会に参加。
 ・ 10月 - 校友会を結成(翌年院友会と改称)。
・ 1889年(明治22年)
 ・ 1月 - 煉瓦造2階建て新校舎が完成。『法理精華』創刊(翌年発行禁止)。
 ・ 10月 - 東京法学院と改称。
・ 1891年(明治24年)4月 - 『法学新報』創刊。
・ 1892年(明治25年)
 ・ 1月 - 神田大火により校舎を全焼。
 ・ 5月 - 第3回帝国議会に民法・商法施行延期法案上程。
 ・ 12月 - 同議会で民法・商法施行延期法案可決。
・ 1893年(明治26年)12月 - 司法省から判事検事登用試験の指定校となる。
・ 1896年(明治29年)
 ・ 8月 - 高等法学科開設。特待生および貸費生の制度を設ける。
 ・ 9月 - 外国人留学生がはじめて入学する。
・ 1897年(明治30年)8月 - 海外留学生制度を創設(1899年最初の留学生を派遣)。
・ 1902年(明治35年)9月 - 実習科を開設。
・ 1903年(明治36年)8月 - 東京法学院大学と改称。本科・予科・専門科・研究科を設置。学長制を新設し、菊池武夫が就任。
・ 1905年(明治38年)
 ・ 8月 - 中央大学と改称。経済学科を開設。中央高等予備校を設立。
 ・ 11月 - 院友会を学員会と改称。
・ 1909年(明治42年)9月 - 商業学科開設。
・ 1910年(明治43年)2月 - 新聞研究科を開設。
・ 1911年(明治44年)9月 - 中央大学学友会を結成。
・ 1913年(大正2年)8月 - 本科を大学部、専門科を専門部、法律学科を法科、経済学科を経済科、商業学科を商科と改称。
・ 1917年(大正6年)5月 - 失火のため再び校舎・図書館を全焼、奥田文庫(ビルクマイヤー文庫)を失う。
・ 1918年(大正7年)5月 - 予科の修業年限を2年に延長する。
・ 1919年(大正8年)
 ・ 5月 - 学校組織を社団法人から財団法人に改める。
 ・ 12月 - 中央大学設立認可申請を行う。
・ 1920年(大正9年)
 ・ 3月 - 中央高等予備校廃止。
 ・ 4月 - 中央大学、大学令により設立認可。法学部・経済学部・商学部、大学院、大学予科を設け、予科を第1部(法・経済)・第2部(商)に分ける。
・ 1923年(大正12年)
 ・ 9月 - 関東大震災により図書館と増築校舎を除き焼失。
 ・ 11月 - 授業再開。
・ 1924年(大正13年)
 ・ 4月 - 専門部の昼間授業開始。
 ・ 6月 - 駿河台南甲賀町の戸田氏共伯爵邸地を大学移転用地として購入。
・ 1926年(大正15年)8月 - 駿河台校舎完成(錦町校舎は電機学校に売却)。
・ 1929年(昭和4年)4月 - 夜間第二予科を開設。
・ 1931年(昭和6年)4月 - 夜間学部開設。
・ 1933年(昭和8年)6月 - 秋元春朝子爵邸地を購入。
・ 1935年(昭和10年)8月 - 創立50周年記念講堂(3号館)完成(旧秋元邸跡地)。
・ 1940年(昭和15年)7月 - 西園寺公望公爵邸地を購入。
・ 1941年(昭和16年)9月 - 中央大学報国隊を結成。
・ 1942年(昭和17年)9月 - 学友会を中央大学奉公団に改組。
・ 1944年(昭和19年)4月 - 中央工業専門学校(機械科・航空機科)設立。
・ 1946年(昭和21年)4月 - 女子学生3名が初めて入学。
・ 1948年(昭和23年)
 ・ 4月 - 通信教育部開設。
 ・ 12月 - 経理研究所開設。
・ 1949年(昭和24年)
 ・ 4月 - 新制大学1部法・経済・商・工学部(土木工学・精密工学・電気工学・工業化学科)開設、2部法、経済学部開設。中央工業専門学校廃止。
 ・ 6月 - 日本比較法研究所開設。
・ 1950年(昭和25年)8月 - 現校歌「草のみどり」を制定。
・ 1951年(昭和26年)
 ・ 3月 - 旧制専門部廃止。工学部用地として文京区小石川町の8,043坪(現・後楽園キャンパス)を購入。
 ・ 4月 - 文学部開設(1部文学科・史学科・2部文学科)。 同和鉱業ビルを購入(水道橋校舎)。新制大学院修士課程に法学研究科民事法・刑事法・政治学・英米法専攻、経済学研究科に経済学専攻・商学研究科に商学専攻を開設。
 ・ 12月 - 工学部が水道橋校舎へ移転。
・ 1953年(昭和28年)
 ・ 3月 - 旧制学部最後・新制学部最初の卒業式を挙行。
 ・ 4月 - 文学部、工学部教養課程、後楽園キャンパスで授業開始。
・ 1954年(昭和29年)
 ・ 7月 - 旧千代田区立駿河台図書館を購入。
 ・ 通信教育部が後楽園キャンパスに移転。
・ 1957年(昭和32年)11月 - 大学祭を白門祭と改称して開催。
・ 1958年(昭和33年)8月 - 駿河台校舎本館(1号館)完成。
・ 1960年(昭和35年)3月 - 由木村校地(現在の多摩校地)購入開始(67年まで)。
・ 1962年(昭和37年)
 ・ 3月 - 旧制中央大学廃止。
 ・ 4月 - 工学部を理工学部に改組。
・ 1963年(昭和38年)5月 - 創立80周年記念事業の一環として、理工学部校舎竣工。
・ 1964年(昭和39年)
 ・ 4月 - 駿河台4号館完成。
 ・ 6月 - 経済研究所開設。
 ・ 8月 - 駿河台5号館完成。
・ 1966年(昭和41年)5月 - 評議員会で教養課程と体育施設の多摩校地への移転方針を決議。
・ 1967年(昭和42年)5月 - 駿河台中央図書館完成。
・ 1969年(昭和44年) - 学費値上げ反対運動で自治会の要求が通る。全共闘運動で全国でも珍しく学生が勝利。
・ 1973年(昭和48年)12月 - 評議員会で法・経・商・文学部の昼間部の多摩校地への移転方針を決議。
・ 1976年(昭和51年)8月 - 駿河台校舎の大正海上火災保険への売却決定。
・ 1977年(昭和52年)11月 - 多摩キャンパス完成。
・ 1978年(昭和53年)4月 - 文系4学部、多摩キャンパスで授業開始。
・ 1979年(昭和54年)4月 - 社会科学研究所、企業研究所、人文科学研究所、保健体育研究所開設。
・ 1980年(昭和55年)3月 - 駿河台校舎完全閉鎖、後楽園キャンパスに8号館竣工。
・ 1985年(昭和60年)11月 - 創立100周年記念式典。
・ 1988年(昭和63年)11月 - 駿河台記念館落成式典。
・ 1992年(平成4年)7月 - 理工学研究所開設。
・ 1993年(平成5年)4月 - 総合政策学部 (政策科学科、国際政策学科) 開設。
・ 1996年(平成8年)4月 - 政策文化総合研究所開設。
・ 1999年(平成11年)12月 - アジア経済研究所の旧庁舎を購入。翌年4月から市ヶ谷キャンパスとして大学院の授業を開始。
・ 2000年(平成12年)4月 - 法学部・経済学部・商学部・理工学部2部募集停止。法学部・商学部・総合政策学部でフレックス制開設。
・ 2001年(平成13年)4月 - 文学部2部募集停止。
・ 2002年(平成14年)4月 - 文学部に中国言語文化学科を設置。国際会計研究科(会計大学院;アカウンティングスクール)開設。
・ 2003年(平成15年)4月 - Faculty-Linkage Program(FLP)プログラム開設、創立125周年記念事業として後楽園キャンパスに新3号館竣工。
・ 2004年(平成16年)4月 - 法務研究科(法科大学院;ロースクール)開設。
・ 2005年(平成17年)4月 - 公共政策研究科(公共政策大学院)開設。総合政策学部フレックス制廃止。
・ 2007年(平成19年)3月 - 法学部・経済学部・商学部・理工学部2部廃止。商学部フレックス制廃止。
・ 2008年(平成20年)
 ・ 3月 - 文学部2部廃止。
 ・ 4月 - 理工学部に生命科学科を設置、戦略経営研究科戦略経営専攻(経営大学院;ビジネススクール)を開設、FLPに地域・公共マネジメントプログラムを開設。
・ 2009年(平成21年)
 ・ 4月 - 理工学部の土木工学科を都市環境学科に改称。法学部フレックス制廃止。
 ・ 8月 - 学生援護会の旧本社を購入。翌年4月から市ヶ谷田町キャンパス(中央大学ミドルブリッジ)として大学院の授業を開始。
・ 2010年(平成22年)4月 - 公共政策研究科、国際会計研究科を市ヶ谷田町キャンパス(中央大学ミドルブリッジ)に移設。戦略経営研究科にビジネス科学専攻(博士後期課程)を開設。
・ 2015年(平成27年)11月 - 中長期事業計画 "Chuo Vision 2025" において、都心拠点の後楽園キャンパス集約と法学部を第一候補とする後楽園移転、多摩キャンパスでの新学部学科開設の計画を発表。
・ 2016年(平成28年)4月 - 公共政策研究科の学生募集停止。
・ 2017年(平成29年) - アカウンティングスクール(国際会計研究科)国際会計専攻の学生募集停止。
 ・ 6月 - 公共政策研究科を廃止。
・ 2018年(平成30年)6月 - アカウンティングスクール(国際会計研究科)国際会計専攻を廃止。
・ 2019年(平成31年)
 ・ 3月 - 文京区大塚一丁目の都有地(都営バス大塚支所跡地)の定期借地契約締結(2019年4月から40年間)。
 ・ 4月 - 国際経営学部(多摩)・国際情報学部(市ヶ谷田町)を開設。
○ 歴代校長・学長
● 英吉利法律学校校長 初代 増島六一郎 1885年9月 - 1889年10月
● 東京法学院院長 初代 増島六一郎 1889年10月 - 1891年4月
第二代 菊池武夫 1891年4月 - 1903年8月
● 東京法学院大学学長 初代 菊池武夫 1903年8月 - 1905年8月
・ 1903年(明治36年)より「専門学校令」による大学。
● 学長 初代 菊池武夫 1905年8月 - 1912年7月
第二代 奥田義人 1912年7月 - 1913年3月
第三代 岡村輝彦 1913年3月 - 1914年6月
第四代 奥田義人 1914年6月 - 1917年8月
第五代 岡野敬次郎 1917年8月 - 1923年9月
第六代 馬場愿治 1923年9月 - 1924年2月
第七代 岡野敬次郎 1924年3月 - 1925年12月
第八代 馬場愿治 1925年12月 - 1930年5月
第九代 原嘉道 1930年5月 - 1939年3月
第十代 林頼三郎 1939年3月 - 1947年3月
第十一代 加藤正治 1948年7月 - 1949年3月
第十二代 片山金章 1958年9月 - 1961年10月
第十三代 升本喜兵衛 1961年10月 - 1967年3月
第十四代 井上達雄 1967年4月 - 1968年4月
第十五代 戸田修三 1968年12月 - 1969年3月
第十六代 原田鋼 1969年5月 - 1969年8月
第十七代 嶋崎昌 1969年11月 - 1972年11月
第十八代 戸田修三 1972年11月 - 1981年11月
第十九代 川口弘 1981年11月 - 1984年11月
第二十代 川添利幸 1984年11月 - 1990年11月
第二十一代 髙木友之助 1990年11月 - 1993年11月
第二十二代 外間寛 1993年11月 - 1999年11月
第二十三代 鈴木康司 1999年11月 - 2002年11月
第二十四代 角田邦重 2002年11月 - 2005年11月
第二十五代 永井和之 2005年11月 - 2011年11月
第二十六代 福原紀彦 2011年11月 - 2014年11月
第二十七代 酒井正三郎 2014年11月 - 2018年5月
第二十八代 福原紀彦 2018年5月 -

「中央大学」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年7月4日1時(日本時間)現在での最新版を取得。


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