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慶応義塾(法)法/経/商/社会系


偏差値81( 5つ星評価 )
得点率概算97.2%
874.8点/900点満点
偏差値順位全国 1位/2324校( 学部単位 )
関東地方 1位/785校( 学部単位 )
東京都 1位/417校( 学部単位 )
国公立/私立私立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【慶應義塾大学】
概要 慶應義塾大学は、中津藩士の福澤諭吉が藩命により江戸築地鉄砲洲(現在の東京都中央区明石町)の中津藩中屋敷内に安政5年(1858年)冬に開校した蘭学塾を起源に持つ大学である。慶應4年/明治元年(1868年)に木村摂津守の世話により、芝新銭座(現在の港区浜松町)の有馬家控屋敷跡に移転し、年号をとって「慶應義塾」と塾名を定めた。福澤は明治六大教育家に数えられ、福澤が開校した慶應義塾は同じく六大教育家に数えられる中村正直の同人社、近藤真琴の攻玉塾(現:攻玉社中学校・高等学校)とともに三大義塾と称された。明治4年(1871年)、三田(港区三田)の島原藩中屋敷跡地を貸し下げられ(翌年払い下げを受ける)、現本部所在地に移った。1873年(明治6年)に「慶應義塾医学所」を開設。1873年(明治6年)に修業年限を定めて正則・変則両科を新設、1875年(明治8年)に本科・予備科となる。1879年(明治12年)に専門教育課程として夜間法律科(専修学校へ改組:後の専修大学)、理学科、支那語科、簿記講習所を設置。1890年(明治23年)に大学部(文学・理財・法律の三科)を開設。明治31年に政治科を開設。1917年(大正6年)大学部に医学科を開設して付属大学病院を開院、北里柴三郎が開設に尽力。1920年(大正9年)には大学令による日本最初の私立大学(旧制大学)の一つとして新発足し、文学・経済学・法学・医学の4学部からなる総合大学となり、予科・大学院を付設した。このとき、学事に関する最高意思決定機関として慶應義塾評議員会が設けられた。1942年(昭和17年)に中国大陸および南方の農業開発を目指して農学部を増設しようとしたことがあり(獣医畜産専門学校)、1947年(昭和22年)には獣医師法により指定認可されていた。1944年(昭和19年)に「藤原工業大学」が寄附され工学部を開設。1957年(昭和32年)に商学部を開設。1990年(平成2年)、湘南藤沢キャンパスに総合政策学部・環境情報学部を開設。2008年(平成20年)4月に「共立薬科大学」が合併したことにより、新たに薬学部と薬学研究科を設置。明治以後、官公私立問わず、近代日本の教育制度、大学制度の立ち上げモデルになり、また後に私立大学となる学校の中で最初に授業料を徴収した。1920年(大正9年)に日本の私立大学では早稲田大学と共に最も古い段階で大学令に基づく大学となった(詳しくは旧制大学参照)。現在の大学は10学部、大学院は14研究科となっている。同窓会は三田会と称され、国内の大学同窓会の中では最古かつ最大級の学閥である。
沿革 ・ 寛政9年(1797年) - 豊前国中津藩第5代藩主、奥平昌高が藩校・「進脩館」を設置。
・ 天保9年(1838年) - 足守藩士・緒方洪庵が大坂船場で「適塾(後の大阪大学)」を開く。
・ 天保10年(1839年) - 松代藩士・佐久間象山が神田 (千代田区)お玉ヶ池に「象山書院(五月塾)」を開く。
・ 嘉永6年(1853年) - 黒船来航
・ 安政元年(1855年) - 佐久間象山門弟の中津藩江戸留守居役・岡見彦三清熙が藩邸内に「蘭学所」を設置して、杉亨二、松木弘安(寺島宗則)らを招聘。
・ 安政5年(1858年) - 安政の大獄。福澤諭吉が江戸築地鉄砲洲の中津藩江戸藩邸「蘭学所(蘭学塾)」の講師として江戸出府(従者は古川正雄、足立寛、原田磊蔵)。
・ 安政6年/万延元年(1860年) - 咸臨丸出帆。桜田門外の変。
・ 文久3年(1863年) - 横浜見物を機に蘭学塾から英学塾に改めて、旧幕臣・吉田賢輔等を教授に迎える。
・ 元治元年(1864年) - 長州征討が勃発。
・ 慶応2年(1866年) - 紀州藩より多数の入塾生を迎え、同藩の援助を受けて中津屋敷内に「紀州塾」建築。
・ 慶応4年/明治元年(1868年) - 木村摂津守(木村芥舟)の世話により芝新銭座に移転、「慶應義塾」と改称。「適塾」が閉鎖。塾内に病室を設置(校医の起源)。
・ 明治2年(1869年) - 汐留の中津藩上屋敷内に「汐留出張所」を設置。童子寮を設ける。
・ 明治3年(1870年) - 弘前藩の招聘で英学教師二名派遣契約。三田島原藩邸借入につき大納言岩倉具視を訪問して尽力を依頼、隣接地江川太郎左衛門屋敷の長屋を借り受けて「外塾」設置。汐留出張所を麻布龍源寺に移転。芝山内広度院に分塾設置。
・ 明治4年(1871年) - 芝新銭座の校地を近藤真琴の攻玉塾(現:攻玉社中学校・高等学校)へ譲り、三田の島原藩中屋敷跡地へ移転。学業勤惰表(成績表)の印行を開始
・ 明治5年(1872年) - 藩校進脩館、閉鎖。出版局(のち、出版社)開設。
・ 1873年(明治6年) - 慶應義塾医学所開設。10月には分校「大阪慶應義塾」・「京都慶應義塾」(京都集書院)を設立。神山県よりの招請で宇和島、大洲両学校に教師二名派遣契約。学課改定、正則科・変則科を新設。正則科は修業年限7年(本科4年、予備等3年)、変則科は満17歳以上を入学の条件とし、修業年限には定めなし。明治六年政変(征韓論政変)後に土佐藩の「立志学舎」へ教員を派遣。三田藩に「志摩三商会」が設立される。
・ 1874年(明治7年) - 「和田塾」(のちの幼稚舎)を置く。
・ 1875年(明治8年) - 正則・変則両科を本科、予備とし予備を大人童子両科に区別、本科に数学、予備の大人科に算術を課す。
・ 1876年(明治9年) - 本科を五等に区分し、予備科大人科を単に予備科、予備科童子科を単に童子科と改称。井上良一の発案で「万來舎」設置。「協議社」「猶興社」など結成され演説、文筆活動を行う。土佐の立志学舎の運営に参画。
・ 1877年(明治10年) - 県令を受けて神戸商業講習所の経営を引き受ける。東京大学 (1877-1886)開設にあたって義塾出身の濱尾新を総理補に選出。西南戦争により塾生減少。東京英語学校(前:開成学校、後:大学予備門)と共に、本科第三等生徒およびそれ以上の者に対する徴兵免役の指令、東京府より出さる(明治9年11月7日東京府宛伺書提出)。教員間の読書研究会として、「読書院」発足。
・ 1878年(明治11年) - 三菱商業学校(明治義塾)を設置に参画。大久保一翁、勝海舟を訪ね徳川家より義塾維持資金借用のことにつき相談。剣術稽古開始。晩学生のため科外(のち別科)を設置。
・ 1879年(明治12年) - 官立大学化を望まず、島津氏らの旧大名に維持資金の援助を賜る。日本初の簿記教育を開始。法律科設置、帰朝したての金子堅太郎らにより英米法の夜間講義行われる(専修学校 (旧制)に改組)。支那語科開設。理学講義開始。大人科・童子科を予備科(のち予科)と改称。
・ 1880年(明治13年) - 清から教師を受け入れる。「慶應義塾維持法案」発表 岡山商法講習所、大阪商業講習所の所長以下教員らに赴任。大学予備門に倣って予備科の課程を設く。日本最古の社交倶楽部「交詢社」を設立した。興亜会へ参画。
・ 1881年(明治14年) - 明治十四年の政変。「慶應義塾仮憲法」制定。
・ 1882年(明治15年) - 物理学会創立。「時事新報」創刊。
・ 1883年(明治16年) - 酒井良明により「酒井寄宿舎」発足。
・ 1885年(明治18年) - 科外を別科と改称し、正科修業年限5ヵ年、別科4ヵ年とする。ペンの記章を付け始める。
・ 1886年(明治19年) - 帝国大学発足にあたって義塾出身の渡辺洪基を総長に選出。
・ 1889年(明治22年) - 慶應義塾規約制定。第1回評議員会開催。雑誌「文園」創刊。
・ 1890年(明治23年) - 大学部設置準備につき皇室より一千円下賜。大学部が発足し、文学・理財・法律の三科を設置。また大学部と区別するために従来の課程を普通部とした。雑誌「寮窓の燈」創刊。
・ 1892年(明治25年) - 体育会創設。
・ 1893年(明治26年) - 司法省指定校に選出、大学部法律学修了者に判事検事登用試験受験資格を与えられる(司法省告示第九十一号)。日本法律科を新設。この頃、別科の修業年限二年(三級)となる(従来は三年四ヵ月、五級)。
・ 1895年(明治28年) - 朝鮮より国王選出の南班出身少荘官吏の留学生入学。「亮天社」と講師派遣契約。
・ 1896年(明治29年) - 微兵に関する特典適用さる。普通科、高等科、大学部の在学生は満二十八歳まで徴集を猶予され、また右三科中いずれかを卒業した者は無試験にて一年志願の特典を得る(文部省告示第十八号)。操練部盛んとなり、銃器を整備。紅葉館にて福澤挨拶「慶應義塾の目的」とす。神奈川県耕余義塾の卒業生を高等科第三等第一期へ無試験編入の契約。普通部学科課程改正。従来の正科(本科三年四ヵ月、予科二年八ヵ月)を廃し、高等科(三年)、普通科(五年)として高等科を初級導門過程、普通科を中学課程に該当せしめ、普通科から高等科に進むものは修業年限を合計七ヶ年とし、別科はそのまま置く。
・ 1897年(明治30年) - 三田理財協会発会。学制改革を議決。主力を大学に集中し、大学卒業生の養成を目的とすることを決定(三十一年五月より実施)。
・ 1898年(明治31年) - 一貫教育制度樹立。政治科開設。『慶應義塾学報』(後の『三田評論』)を創刊。端艇部艇庫、芝浦製作所構内に竣工(三十年十一月着工)。大学部に政治科を設置。塾長鎌田栄吉の就任披露園遊会開催、広尾の福澤別邸に総理大臣伊藤博文を交え参加者約300名。
・ 1899年(明治32年) - 私学初の留学生6名を欧米に派遣。インド人、清国人、シャム人1名入学。普通学科および大学科卒業生、海軍少主計候補生の受験資格を得る(三十年勅令第三百十四号、海軍高等武官補充条例第七条)。三田篤学会発会。
・ 1900年(明治33年) - 「修身要領」献上、台湾人学生8名入学、特別級を設け授業を行う。中等教員無試験検定(文学科〔倫理、教育、漢文、英語、歴史〕、理財学科〔英語、簿記、歴史〕)の特典を得る。大晦日に世紀送迎会(第1回)開催。
・ 1901年(明治34年) - 社頭福澤諭吉死去により、全塾休学服喪。明治天皇夫妻、皇太子夫妻より見舞品下賜。皇室より祭棄料一千円下賜。
・ 1903年(明治36年) - 三田綱町球場を開設。最初の慶早野球戦を同球場で開催。
・ 1904年(明治37年) - 大学部文学科卒業生、中等教員無試験検定(修身、教育、英語)の特典を受く。専門学校令により大学部の学科課程を改正、文学科、理財科、法律科、政治科の四科に分かつ。修業年限は五年とし、初めの二年は予科として一般教養を授け、三年より本科としておのおのの専攻に分かつ。
・ 1905年(明治38年) - 商工学校開校。海軍大将東郷平八郎の凱旋を塾長以下教職員、塾生ら新橋駅に迎う。
・ 1906年(明治39年) - 大学部の上に大学院設置。星亨の蔵書約一万三千冊の委託保管を引き受ける(星文庫、大正2年12月16日、13回忌に当たり寄贈)。商工学校、徴兵令第十三条の認可を受け後兵に関する特典を適用さる。応援の過熱により慶早野球戦中止(1925年復活)。
・ 1907年(明治40年) - 義塾規約を変更し、財団法人組織とする。
・ 1909年(明治42年) - 『三田学会雑誌』創刊。
・ 1910年(明治43年)
 ・ 『三田文学』創刊。文学科を文学・哲学・史学の3専攻制とする。
 ・ 第三高等学校との蹴球試合を網町グラウンドにて行う(日本最初の蹴球対決試合)。
・ 1912年(明治45年/大正元年) - 創立50年記念図書館施工。亜細亜協会の図書約三千冊の委託保管を引き受ける。
・ 1913年(大正2年) - 新聞科設置。
・ 1914年(大正3年) - 明大野球部の主唱により慶早明の三大学連盟を結成(のちに法、立、帝が加わり六大学となる)。
・ 1915年(大正4年) - 三田大講堂施工。
・ 1916年(大正5年) - インドの詩人・ラビンドラナート・タゴールを迎えて講演。
・ 1917年(大正6年) - 大学部に医学科を開設につき皇室より三万円下賜。日本初の学生新聞『三田新聞』創刊。
・ 1918年(大正7年) - 11月25日に原内閣成立を祝う、「政党内閣祝賀大園遊会」を三田大講堂で開催。原敬首相、憲政会、立憲政友会関係者ら参加者5千人超。医学部付属看護婦養成所始業。
・ 1920年(大正9年) - 大学令による旧制大学となり、文学部・経済学部・法学部・医学部を設置。三年制の予科を附設。大学病院開院。
・ 1921年(大正10年) - 三田史学会の機関誌『史学』創刊。
・ 1923年(大正12年) - 9月、皇后、大学病院収容の関東大震災被災者を慰問(17日には竹田宮妃の慰問あり)。
・ 1924年(大正13年) - 専門部、高等試験令第八条の認定を受け、卒業生は高等文官予備試験を免除さる(文部省告示第二百九十号)。唐手研究所、食養研究所設立。
・ 1925年(大正14年) - 専門部の名称を高等部と改称認可。学則にも一部改正を加う。東京六大学野球連盟結成。慶早野球戦復活(早大戸塚球場)。
・ 1926年(大正15年/昭和元年) - 望月軍四郎より支那研究基金設立。東京府荏原郡矢口村に新田運動場開設。
・ 1929年(昭和4年) - 東京横浜電鉄(現:東急電鉄)から神奈川県横浜市にある日吉台の土地7万2千坪(約24万平米)の無償提供を受ける。
・ 1930年(昭和5年) - 第1回連合三田会大会。
・ 1932年(昭和7年) - 創立75年記念式典、皇室より秩父宮殿下をつかわされ教育奨励を賜る。
・ 1934年(昭和9年) - 日吉校舎第1次工事完成、予科を移転。「福澤先生誕生百年並に日吉開校記念祝賀会」を挙行。
・ 1937年(昭和12年) - 北里博士記念医学図書館施工。
・ 1938年(昭和13年) - 天皇、皇后の御真影、および教育勅語謄本下賜、奉戴式挙行。学術調査団として史学科考古学班を中国大陸に派遣。女子聴講生を受け入れる。
・ 1939年(昭和14年) - 北京公館および中支研究所設立。藤原工業大学(工学部の前身)開校式。海南島学生医療奉仕隊出発。歯科医学会結成。「興亜奉公日」行事挙行。
・ 1940年(昭和15年) - 「居常心得」訓示。下田グラウンド開設。
・ 1941年(昭和16年) - 月ヶ瀬温泉治療学研究所開設。
・ 1942年(昭和17年) - 語学研究所設置。外国語学校を開設。
・ 1943年(昭和18年) - 学徒出陣壮行会。出陣学徒壮行慶早戦を行う。上智大学商学部と立教大学文学部の学生を委託学生として編入。
・ 1944年(昭和19年) - 藤原工業大学(1939年設立)が慶應義塾に寄付され、工学部を設置。慶應義塾大学附属医学専門部を設置。慶應義塾獣医畜産専門学校開設。高等部の学生募集停止。名誉教授制設定。
・ 1945年(昭和20年) - 戦時教育令および同施行規則に基づき学徒隊規程制。農学研究所を設ける。空襲により三田大講堂焼失。GHQによって日吉キャンパスが接収される。登戸研究所跡地を借用(登戸仮校舎、1950年まで)。
・ 1946年(昭和21年) - 東京高等工学院の校舎を借用(三ノ橋仮校舎、1949年まで)。慶應義塾大学亜細亜研究所廃止。女子の大学入学許可。
・ 1948年(昭和23年) - 大学通信教育講座(現:通信教育課程)開講。新制第一高等学校、第二高等学校開校。農業高等学校開設。
・ 1949年(昭和24年) - 学制改革により新制大学となる。日吉キャンパスの接収解除、返還される。工学部が北多摩郡小金井町に移転。旧制獣医畜産専門学校廃止。
・ 1950年(昭和25年) - 女子高等学校開設。厚生女子学院開設。新制大学通信教育課程(文・経済・法学部)認可。
・ 1957年(昭和32年) - 慶應義塾の創立から100周年に当たり商学部を開設。工学部に計測工学科を設置。
・ 1958年(昭和33年) - 創立100年記念式典にて、昭和天皇が「おことば」を述べる。
・ 1959年(昭和34年) - 慶應義塾大学産業研究所 (KEO) 開設。工学部に管理工学科を設置。三田キャンパス南門(新設)が正門となる。
・ 1961年(昭和36年) - 旧制慶應義塾大学廃止。大学体育研究所、大学院商学研究科設置。新聞研究所開設。
・ 1962年(昭和37年) - ビジネススクール設置。言語文化研究所発足。
・ 1963年(昭和38年) - 文学部社会・心理・教育学科を開設。G8大学サミット開催(北海道大学)。
・ 2009年(平成21年) - ダボス会議にて「東大・慶應レセプション」を開催。東京工業大学との副専攻制度、単位互換、学生交流が開始。
・ 2010年(平成22年) - MBA連携協定を、京都大学経営管理大学院、神戸大学大学院経営学研究科の3校で締結。東京医科歯科大学を幹事とした医学系大学産学連携ネットワーク協議会(現:医療系産学連携ネットワーク協議会)(medU-net) を開設。
・ 2011年(平成23年) - 矢上キャンパスで弥生時代から奈良時代の大集落、60棟以上の竪穴式住居跡等を発掘。東日本大震災の影響で2010年度卒業式が中止、2011年度入学式が5月に延期。
・ 2012年(平成24年) - 慶應義塾図書館開館100年記念式典開催。
・ 2013年(平成25年) - 大学部理財科発足125年を記念し、4月1日付けで慶應義塾大学経済研究所(所長:吉野直行)を設置。慶應大阪シティキャンパス開設(慶應大阪リバーサイドキャンパスを移転)。
・ 2015年(平成27年) - 野村ホールディングスと共同で、ベンチャーキャピタル・株式会社慶應イノベーション・イニシアティブ (KII) を設立。大学部開設125年記念式典・講演会開催。
・ 2016年(平成28年) - 殿町タウンキャンパス開設。
・ 2020年(令和2年) - 中国武漢に端を発するCOVID-19の流行拡大による影響で、2019年度卒業式が中止、2020年度入学式が延期となった。

「慶應義塾大学」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年6月5日1時(日本時間)現在での最新版を取得。


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2019-02-23 14:57  ID: cf4d5860
どんだけ頭良いの。


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