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早稲田(人間科-人間情報科)法/経/商/社会系


偏差値69( 5つ星評価 )
得点率概算82.8%
745.2点/900点満点
偏差値順位全国 137位/2324校( 学部単位 )
関東地方 66位/785校( 学部単位 )
埼玉県 4位/87校( 学部単位 )
国公立/私立私立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【早稲田大学】
概要
年表 ・1781年(天明元年)- 佐賀藩第8代藩主鍋島治茂が儒学者の古賀精里に命じ藩校「弘道館」を設立。
・1844年(弘化元年)- 早稲田大学創立者大隈重信が弘道館入学。
・1856年(安政3年)- 大隈重信、蘭学寮に入学。
・1865年(慶応元年)- フルベッキ、大隈重信が、長崎に佐賀藩校「致遠館」設立。フルベッキから英語を学ぶ。
・1881年(明治14年)10月 - 明治十四年の政変。
・1882年(明治15年)
 ・4月 - 大隈重信、小野梓ら鷗渡会員に学校設立の話を持ちかける。
 ・8月 - 校名を東京専門学校と決定。
 ・9月 - 「私塾設置願」を南豊島郡長を経て東京府知事に提出(28日認可)。
 ・10月21日 - 開校式を挙行。入学生80名。校長大隈英麿の開校宣言、天野為之の演説、成島柳北の祝辞に続いて小野梓が登壇し、「学問の独立」の精神を宣言。政治経済学科、法律学科、理学科、英学科を設置。
・1883年(明治16年)
 ・5月 - 講師教員学生合同懇親・大運動会、飛鳥山に開催(運動会の始まり)。
 ・9月 - 予科を設置(修業年限1年)。政治経済学科を「政治学科」と改称。理学科を廃止して土木工学科設置。
・1884年(明治17年)
 ・6月 - 学生団体「同攻会」を結成。
 ・7月 - 第1回卒業式を挙行。
・1885年(明治18年)
 ・6月 - 評議員会、神田移転案を否決。
 ・9月 - 高等科(のちの研究科)を設置。土木工学科の学生募集を停止。
 ・12月 - 校友会を結成。
・1886年(明治19年)
 ・1月 - 小野梓死去。
 ・5月 - 校外生制度を発足させ、『早稲田講義録』を発行。軍入隊時の田中角栄も校外生のうちの一人であった。
 ・8月 - 私立法律学校特別監督条規制定。
 ・9月 - 学部制を施行し政治学科・法律学科・英学科をそれぞれ政学部・法学部・英学部と改称。修業年限を4年に延長。
・1887年(明治20年)
 ・5月 - 大隈重信の寄進により赤煉瓦の大講堂落成(図書室が同講堂1階に移転)。
 ・9月 - 政学講義会、東京専門学校出版局と改称(早稲田大学出版部の前身)。
・1888年(明治21年)
 ・3月 - 五大法律学校連合大討論会に参加。
 ・6月 - 文部省令「特別認可学校規則」公布にともない学部制・高等科の廃止。修業年限3年の政治科・法律科(司法科=第一法律科)・行政科(第二法律科)・英学本科・兼修英学科を設置。
・1890年(明治23年)
 ・7月 - 第1回衆議院議員総選挙で高田早苗・天野為之・磯部四郎・関直彦(講師)、堀越寛介(卒業生)当選。
 ・9月 - 坪内逍遥らによって文学科を創設。貴族院子爵議員に舟橋遂賢(卒業生)選出。
・1891年(明治24年)
 ・9月 - 政学部・法学部・文学部の3学部制を復活。
 ・10月 - 『早稲田文学』創刊。
・1893年(明治26年)
 ・8月 - 各地の校友会と連携して巡回学術講演会を開催。
 ・9月 - 研究科を新設(修業年限2年)。
・1895年(明治28年)4月 - 早稲田倶楽部(体育部の前身)発会。
・1896年(明治29年)
 ・1月 - 早稲田法学会発足。
 ・11月 - 早稲田文学会発足。
・1897年(明治30年)
 ・2月 - 体育部規則を制定。
 ・3月 - 早稲田学会設立、機関誌『早稲田学報』発刊。七徳堂(体育館)開館。
・1898年(明治31年)
 ・9月 - 文学部に史学科新設。
 ・11月 - 東京府知事、東京専門学校の社団法人化を認可。
・1899年(明治32年)
 ・3月 - 高等予科(現:早稲田大学高等学院)を開設。
 ・7月 - 卒業生に中等教員免許無試験検定認可。
 ・9月 - 清からの留学生を受け入れる。
 ・10月 - 早稲田経済学会発足。
・1900年(明治33年)
 ・3月 - 私立学校令による認可学校となる。
 ・9月 - 初めての海外留学生2名をドイツに派遣。
・1901年(明治34年)
 ・4月 - 文部大臣、高等予科および大学部、専門部を開設するための改正学則を認可。
 ・11月 - 同志社出身の安部磯雄体育部長により野球部が設置される。
 ・4月 - 慶應義塾が早稲田大学に挑戦し、柔道部による早慶戦が行われる。
 ・9月 - 「早稲田大学」と改称(文部大臣 菊池大麓)。大学部と専門部を新設し、大学部に政治経済学科、法学科、文学科を設置。式典で伊藤博文が演説。
 ・10月 - 図書館竣工(初代館長・市島謙吉)。戸塚球場開設。
 ・12月 - 司法省により早稲田大学改称認可。
 ・大学正門 ‐ 鶴巻町 ‐ 山吹町間に新道完成。
・1903年(明治36年)
 ・4月 - 高等予科を第一(政治経済学科)、第二(法学科)、第三(文学科)、第四(商科、新設)に分割。
 ・9月 - 高等師範部(現:教育学部)設置。
 ・10月 - 早稲田社会学会結成。
 ・11月 - 最初の早慶野球戦を三田綱町球場で開催。
・1904年(明治37年)
 ・4月 - 専門学校令による旧制専門学校となる。
 ・9月 - 大学部に商科を設置。
・1905年(明治38年)
 ・4月 - 野球部が安部磯雄部長引率のもと日本の野球チームとして初のアメリカ遠征に出発(26戦7勝19敗、6月帰国)。
 ・9月 - 清国留学生部を設置(1910年廃止)。
 ・学習院元院長田中光顕より『礼記子本疏義』第59 1巻(国宝)が寄贈。
・1906年(明治39年)
 ・2月 - 東亜同仁会(会長大隈重信)、東京同仁医薬学校(校長岡田和一郎)を早稲田大学構内に設置。
 ・11月 - 応援の過熱により早慶野球戦中止(1925年復活)。
・1907年(明治40年)
 ・4月 - 校長・学監制を廃し、総長・学長制を採用。大隈重信総長(名誉職)・高田早苗学長が就任。
 ・10月 - 校歌制定(作詞:相馬御風、作曲:東儀鉄笛)。また、それまで、貸すという形になっていた敷地(現在の敷地の一部)を寄付すると、大隈が発表。
 ・11月 - 東京同仁医薬学校付属の早稲田同仁医院開設(1911年閉校。在校生は千葉、金沢の医学専門学校に移す)。
・1908年(明治41年)
 ・2月 - 穴八幡下の4,096坪を購入(現・戸山キャンパスの一部)。
 ・4月 - 第五高等予科(理工科)発足。
 ・5月 - 学校組織を財団法人とする。
・1909年(明治42年)9月 - 大学部理工科機械学科、電気学科開講。
・1910年(明治43年)
 ・5月 - 校外教育部設置。
 ・9月 - 大学部理工科採鉱学科、建築学科開講。
・1911年(明治44年)
 ・5月 - 早稲田工手学校開校。恩賜記念館竣工。
 ・11月 - 政治学会(学生団体)発足。
・1912年(明治45年/大正元年)
 ・5月 - 皇太子(のちの大正天皇)行啓。
 ・ハーバード大学チャールズ・W・エリオット総長が大隈重信総長を来訪(1921年にも来訪)。
・1913年(大正2年)
 ・2月25日 - 孫文が大隈重信総長を来訪。
・1915年(大正4年)8月 - 高田早苗が第2次大隈改造内閣に入閣し、天野為之が後任の学長となる。
・1916年(大正5年)
 ・10月 - 御大典事業の一環として、鴻池善右衛門が鴻池銀行東京支配人蘆田順三郎、鴻池監督を務めた原田二郎(学苑校賓)と連名で軽井沢の土地2万坪を早稲田大学に寄贈。
 ・12月 - 大隈夫人銅像問題起こる。
 ・プロテスタンツ(恩賜館組)による母校改革運動起こる。
・1917年(大正6年)
 ・4月 - 高等予科の修業年限を2年に延長。
 ・6月 - 早稲田騒動が新聞で報じられ、世間の関心事となる。
 ・9月 - 革新団(天野為之支持派)による校門占拠事件発生。大学部理工科応用化学科設置。
 ・11月 - 維持員会、天野為之の講師および維持員辞任を承認。
・1918年(大正7年)
 ・7月 - 東京市電が早稲田停留場まで開業。
 ・10月 - 前年9月から空席だった学長に平沼淑郎が就任。
・1919年(大正8年)
 ・2月 - 民人同盟会結成。
 ・11月 - 建設者同盟結成(民人同盟会から分派)。
 ・9月12日 - 東京府に早稲田大学設立認可申請。
 ・9月19日 - 『官報』にて早稲田大学校外生新学年募集。
・1920年(大正9年)
 ・2月2日 - 天皇裁可(上奏裁可書文書番号No.23)を受ける
 ・2月5日 - 大学令による早稲田大学の設立が文部大臣に認可される(文部省告示第36号)。
 ・2月14日 - 豊多摩郡役所が早稲田大学設立認可を大学に通知。
 ・3月31日 - 早稲田大学学則、文部大臣の認可を得る。政治経済学部、法学部、文学部、商学部、理工学部、大学院、早稲田高等学院を置き、学部と高等学院の修業年限を3年とする。
 ・4月1日 - 各学部第1学年及び高等学院第1学年を開設。
 ・4月 - 専門部に商科(3年制)を新設。
・1921年(大正10年)
 ・4月 - 早稲田高等学院を第一部(3年制・文科と理科)・第二部(2年制・文科のみ)の2部制とする。女子12名を聴講生として受け入れる。
 ・12月 - 暁民共産党事件により民人同盟会消滅。
・1922年(大正11年)
 ・1月 - 創立者大隈重信死去。日比谷公園で行われた国民葬に教職員・学生参列。
 ・4月 - 早稲田高等学院第一部・第二部を第一早稲田高等学院(戸山)・第二早稲田高等学院(大学構内)に改組。
・1923年(大正12年)
 ・1月 - 文化同盟結成(建設者同盟の学内団体)。
 ・3月 - 総長・学長制を名誉総長・総長制に改める(名誉総長・大隈信常、総長・高田早苗)。旧大隈邸を大隈会館と命名。
 ・4月 - 大学院発足。
 ・5月 - 早大軍教事件起こる。
 ・9月 - 関東大震災で旧講堂倒壊。被災者のために法律相談部と建築相談部を設置。
・1924年(大正13年)
 ・4月 - 早稲田専門学校(夜専、政治経済科・法律科・商科)開校。
 ・5月 - 専門部および高等師範部が高等学校大学予科と同等以上と認定される。
・1925年(大正14年)
 ・3月 - 専門学校令による大学部廃止。
 ・8月 - 早稲田専門学校が高等学校大学予科と同等以上と認定される。
 ・9月 - 東京六大学野球連盟発足。西武鉄道から北多摩郡保谷村所在土地約25,000坪を入手(現在の東伏見キャンパス)。
 ・10月 - 早慶野球戦復活(戸塚球場)。図書館(現2号館)と学生会館、製図教室、第一高等学院プール、正門竣工。
・1926年(大正15年/昭和元年)
 ・5月 - 早大学生消費組合開店(東京学生消費組合の最初の支部)。
 ・10月 - 理工学部実験室・研究室(13号館)竣工。
・1927年(昭和2年)
 ・1月 - 大山郁夫教授解職(大山事件)。図書館に横山大観・下村観山の壁画「明暗」を設置。
 ・10月 - 大隈講堂が落成。早大出版部事務所竣工。専門部各科に科長を置く。
・1928年(昭和3年)
 ・4月 - 早稲田高等工学校開校。
 ・8月 - 在校生(当時)の織田幹雄がアムステルダムオリンピックで日本人初の金メダルを獲得。
 ・10月 - 坪内博士記念演劇博物館が開館。
・1929年(昭和4年)4月 - 雄弁会解散反対、学生自治権要求デモ発生。
・1930年(昭和5年)10月 - 早慶野球戦切符事件起こる。
・1931年(昭和6年)
 ・6月 - 戸塚球場で日本初のテレビジョン実験放送成功。早慶戦で第六応援歌「紺碧の空」(作詞:住治男、作曲:古関裕而)を初演奏。
 ・東伏見運動場に文学部旧校舎を移築、体育各部の合宿所となる(グリーンハウスの名称で1988年まで使用)。
・1932年(昭和7年)10月 - 創立50周年式典を挙行。
・1933年(昭和8年)
 ・1月 - ラグビー部、初の全国制覇達成(花園、早稲田27 - 3同志社)。
 ・3月 - 創立50周年記念事業を発表(老朽校舎改築および理工学部中央研究所設置を表明)。
 ・4月 - 本部校舎(旧3号館南側)竣工。
 ・11月 - 武道館開館。
・1934年(昭和9年)4月 - 政・法校舎(旧3号館北側)竣工。
・1935年(昭和10年)
 ・4月 - 科外講演部設置。
 ・大学正面入口から門柱・門扉を撤去(無門の門となる)。
・1936年(昭和11年)
 ・7月 - 東伏見プール竣工。
 ・9月 - 理工学部応用化学実験室竣工。
・1937年(昭和12年)
 ・4月 - ヘレン・ケラー来校、大隈講堂で「私の住む世界」と題する講演を行った。
 ・9月 - 理工学部実験室竣工。
・1938年(昭和13年)
 ・4月 - 文学部哲学科に芸術学専攻設置。理工学部に応用金属学科設置。特設東亜専攻科を設置(2年間のみ)。
 ・10月 - 商学部校舎(旧11号館)竣工。鋳物研究所設置。
・1939年(昭和14年)4月 - 女子学生4名が初めて学部へ入学。専門部工科開設。
・1940年(昭和15年)
 ・1月 - 文学部教授津田左右吉辞職(津田事件)。
 ・夏 - 理工学部研究所(現:理工学総合研究センター)を設置。
 ・10月 - 学徒錬成部を設置。
 ・11月 - 興亜経済研究所(現:アジア太平洋研究センター)を設置。
・1941年(昭和16年)
 ・4月 - 小平錬成道場を久留米道場、東伏見体錬道場を東伏見道場、戸塚球場を戸塚道場、第一高等学院運動場を戸山道場と改称。
 ・8月 - 早稲田大学報国隊を結成。
 ・10月 - 早稲田工手学校が青年学校と同等以上の学校と認定される。
・1942年(昭和17年)
 ・4月 - 理工学部電気通信学科開設。高等師範部に国民体錬科開設。
 ・10月 - 体育会の学徒錬成部への統合が完了。
・1943年(昭和18年)
 ・4月 - 第一・第二高等学院の修業年限をともに2年に短縮する。
 ・10月 - 理工学部に石油工学科、土木工学科、工業経営学科を開設。出陣学徒壮行早慶戦を行う。
・1944年(昭和19年)
 ・3月 - 興亜経済研究所と東亜法制研究所とを統合して興亜人文科学研究所を設立。
 ・4月 - 専門部および専門学校の商科を経営科と改称(戦後旧称に戻す)。専門部工科に航空機科、電気通信科、鉱山地質科学科を開設。
・1945年(昭和20年)
 ・5月 - 太平洋戦争下の空襲により大隈会館、恩賜記念館、第一高等学院(戸山)などを焼失。
 ・8月 - 終戦により学徒勤労動員解除。
 ・10月 - 学生ホール再開。
 ・11月 - 体育会復活。
 ・12月 - 学友会復活。理工学部機械工学科の航空力学科と航空機科を廃止、石油工学科を燃料化学科と改称、専門部工科航空機科を運輸機械科と改称、早稲田高等工学校航空機科を廃止。
・1946年(昭和21年)
 ・2月 - 興亜人文科学研究所を人文科学研究所と改称。
 ・4月 - 第一・第二高等学院の修業年限をともに3年とする。高等師範部国民体錬科を体育科と改称、社会教育科を新設。
 ・5月 - 総長公選規定を含む校規を制定、島田孝一が総長に就任(9月)。学生自治会結成。
 ・10月 - 政治経済学部に新聞学科を増設。
・1947年(昭和22年)4月 - 学生自治会発足。
・1948年(昭和23年)
 ・4月 - 米国に亡命していた大山郁夫復職。専門部政治経済科に自治行政専攻を設置。
 ・7月 - 新制早稲田大学の設置認可を文部大臣に申請。
 ・11月 - 早稲田工手学校廃校。
・1949年(昭和24年)
 ・3月 - 旧制第一・第二早稲田高等学院が廃校、在校生は新制大学の学部1・2年生に移行。
 ・4月 - 学制改革に伴い、新制早稲田大学を設置。新制早稲田大学高等学院開校。旧制の学部・専門部・高等師範部・専門学校・高等工学校の学生・生徒募集を停止。体育部を新設。
 ・5月 - 『早稲田大学教旨』を改訂、「立憲帝国の忠良なる臣民」を削除。
 ・7月 - 高田馬場駅-大学正門間にスクールバス運行開始。
・1950年(昭和25年)
 ・8月 - 北海道と東北地方で第1回社会教育講座を開催。
 ・10月 - 早稲田大学事件起こる。
・1951年(昭和26年)
 ・2月 - 学制改革に伴う学校法人への組織変更認可。
 ・3月 - 旧制学部最後・新制学部最初の卒業式を挙行。
 ・4月 - 旧制の高等師範部、専門学校を廃止。新制の早稲田大学大学院6研究科(修士課程)を設置。
 ・10月 - 旧制の専門部、高等工学校を廃止。
・1952年(昭和27年)
 ・4月 - 体育会と体育部を統合して体育局を設置。
 ・5月 - 「5月8日早大事件」起こる。
 ・10月 - 共通教室校舎(現10号館)竣工。
・1953年(昭和28年)
 ・5月 - 大学院博士課程を設置。
 ・7月 - 戦後最初の海外留学生を派遣。
 ・11月 - 第1回統一早稲田祭開催。
・1954年(昭和29年)
 ・5月 - 学生会館竣工。
 ・10月 - 会津記念東洋美術陳列室竣工。
・1955年(昭和30年)
 ・2月 - 外国学生特別選考制度発足。
 ・4月 - 大隈記念社会科学研究所開設。
 ・11月 - 校友会館竣工(大隈庭園内)。
・1956年(昭和31年)
 ・2月 - 生産研究所(現:アジア太平洋研究センター)を設置。
 ・8月 - 高等学院が練馬区上石神井に移転。
 ・10月 - 放射性同位元素研究室竣工(理工学研究所)。
・1957年(昭和32年)
 ・3月 - 名誉博士に関する規則を制定。
 ・10月 - 記念会堂が竣工。(1964年東京オリンピックのフェンシング競技会場として使用される)
・1958年(昭和33年)
 ・3月 - 早稲田大学出版部、通信講義録事業を廃止。
 ・4月 - 比較法研究所を設置。
 ・5月 - 大隈記念学術褒賞と小野梓記念賞を制定。
・1974年(昭和49年)7月 - 産業経営研究所を設置。
・1975年(昭和50年)4月 - 学債募集開始。
・1976年(昭和51年)10月 - 早稲田大学国際交流基金を設定。
・1978年(昭和53年)
 ・3月 - 『早稲田大学百年史』刊行開始(1997年完結)。
 ・4月 - 現代政治経済研究所を設置。早稲田大学専門学校開校。
・1979年(昭和54年)
 ・4月 - 早稲田中学校・高等学校が系属校となる。
 ・12月 - 環境保全センターを設置。
・1980年(昭和55年)
 ・2月 - 商学部で不正入試が発覚。教職員から逮捕者・自殺者を出した。
 ・11月 - 第二学生会館改修工事完了。
・1981年(昭和56年)
 ・4月 - エクステンションセンターを設置。
 ・5月 - 評議員会、新キャンパス用地を所沢市三ヶ島地区と決定(現在の所沢キャンパス)。
 ・10月 - 体育厚生施設(17号館)竣工(旧武道館跡地)。
・1982年(昭和57年)
 ・4月 - 本庄高等学院開校。
 ・10月 - 創立100周年記念式典を挙行。スポーツ功労者表彰規程を制定。
 ・10月 - 松代セミナーハウス竣工。
・1987年(昭和62年)
 ・4月 - 所沢キャンパス開設。人間科学部・人間総合研究センターを設置。理工学部金属工学科を材料工学科と改称。
 ・11月 - 安部球場(旧戸塚球場)閉鎖。
・1988年(昭和63年)
 ・4月 - 日本語教育研究センターを設置。オープンカレッジを開設。
 ・10月 - 鋳物研究所を各務記念材料技術研究所と改称。
 ・12月 - 西早稲田キャンパス整備計画(A,B,C棟の建て替え)に着手、A棟(14号館)の建て替え工事が始まる。
・1996年(平成8年)6月 - メディアネットワークセンターを設置。(2014年4月、グローバルエデュケーションセンター (GEC) に移管)
・1997年(平成9年)
 ・4月 - 理工学部電子通信学科を電子・情報通信学科と改称。
 ・7月 - アジア太平洋研究センターを設置。
 ・12月 - ハイテク・リサーチセンターが竣工。
 ・同志社大学と国内相互間留学制度・学術交流制度を提携。
・1998年(平成10年)
 ・4月 - 理工学部資源工学科を環境資源工学科、材料工学科を物質開発工学科、数学科を数理科学科と改称。大学院アジア太平洋研究科を設置。
 ・5月 - 2号館に會津八一記念博物館が開設。
 ・6月 - 国際情報通信研究センターを設置。
 ・9月 - 教育総合研究室を教育総合研究所に改組。
・2001年(平成13年)
 ・4月 - 学習院大学、学習院女子大学、立教大学、日本女子大学との5大学間学生交流 (f-Campus) ならびに東京女子医科大学、武蔵野美術大学との学術交流を開始。
 ・8月 - 新学生会館(30号館)竣工。
 ・大学院日本語教育研究科、理工学総合研究センター九州研究所、研究開発センターを設置。専門学校を芸術学校に改組。
・2002年(平成14年)4月 - 渋谷幕張シンガポール校が早稲田大学系属早稲田渋谷シンガポール校となる。
・2003年(平成15年)4月 - スポーツ科学部ならびに人間科学部通信教育課程、大学院アジア太平洋研究科国際技術経営専攻(専門職大学院MOT)、大学院公共経営研究科(専門職大学院)、大学院情報生産システム研究科(北九州市)を設置。体育局を競技スポーツセンターに改組。
 ・4月 - 大学院会計研究科(会計大学院)を設置。小野梓記念館(27号館)完成。
 ・12月 - 九州大学と連携に関する基本協定締結(国内初の国立大学法人と私立大学の包括的な連携協定)。
・2006年(平成18年)
 ・4月 - 大学院スポーツ科学研究科を設置。大隈記念タワー(26号館)完成。
 ・4月 - 京都大学と連携協力に関する基本協定を締結。
 ・9月 - 早稲田大学高等研究所を設置。
・2007年(平成19年)
 ・4月 - 第一文学部と第二文学部を改編し、新たに文化構想学部(1学科6論系)と文学部(1学科17コース)を設置。理工学部、大学院理工学研究科を分割し、基幹理工学部(基幹理工学研究科)、創造理工学部(創造理工学研究科)、先進理工学部(先進理工学研究科)の3学部3研究科からなる理工学術院体制が発足。
・2008年(平成20年)
 ・4月 - 東京女子医科大学と医理工融合研究教育拠点である早稲田大学先端生命医科学センター(TWIns)を創設。
 ・5月 - 関西大学との間で学術交流協定を締結。中国国家主席(中国共産党中央委員会総書記)胡錦濤が来校し、特別講演。
 ・6月 - 東京メトロ副都心線西早稲田駅開業。
 ・10月21日 - 早稲田大学が、学びのためのSNS「QuonNet」を開始
・2009年(平成21年)
 ・2月 - 西早稲田キャンパス整備計画に基づいて、C棟(新11号館)が竣工、15年に渡る西早稲田キャンパス整備事業が完成。
 ・4月 - 西早稲田キャンパスを早稲田キャンパスへ改称、大久保キャンパスは西早稲田キャンパスへ改称。九州工業大学・北九州市立大学との間で国・公・私の工学系3大学院連携による北九州学術研究都市連携大学院カーエレクトロニクスコース(現カーロボAI連携大学院)を設置。
 ・9月26日 - 早稲田大学で日本フェノロサ学会開催。坪内逍遥の東京帝国大学時代の『フェノロサ哲学講義ノート』(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館所蔵)などが展示される。
・2010年(平成22年)
 ・4月 - 大学院・先進理工学研究科に、日本初となる他大学との共同専攻(共同先端生命医科学専攻(東京女子医科大学)、共同先進健康科学専攻(東京農工大学)、共同原子力専攻(東京都市大学)を設置。国際教養大学、国際基督教大学、立命館アジア太平洋大学の3大学との間で連携協定を締結。
 ・7月 - 兵庫県神戸市のポートアイランドに、医療研究・開発のための研究施設「神戸BT(バイオテクノロジー)センター早稲田大学浅野研究室」を開設。
・2011年(平成23年)
 ・2月 - 先端科学・健康医療融合研究機構が、神戸大学の医学部と大学院医学研究科との間で、先端医療の研究活動で協力する連携協定を締結。
 ・3月11日に発生した東日本大震災の影響により、2010年度卒業式および2011年度入学式が中止となり、講義開始を5月6日に開始することとなった。
 ・10月 - オックスフォード大学に招かれ、吉永小百合がオックスフォード大学ハートフォードカレッジのチャペルで原爆詩の朗読を行った。
・2012年(平成24年)
 ・12月19日 - オックスフォード大学エクスターカレッジ学長来校。
・2013年(平成25年)
 ・4月 - 6学部でクォーター制を導入。早稲田大学大学院入学式にオックスフォード大学フォルフソンカレッジ学長来校(4月2日)。
 ・10月 - オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールと早稲田大学ビジネススクールで双方向オンライン授業“Global Opportunities & ThreatsOxford (GOTO)”開始。
・2014年(平成26年)
 ・3月28日 - 早稲田大学高等学院が文部科学省によりスーパーグローバルハイスクール指定校に選定される。
 ・4月 - 中野警察学校跡地に、中野国際コミュニティプラザ開館。
・2015年(平成27年)
 ・3月 - 川口芸術学校閉校。
 ・4月 - 「早稲田小劇場どらま館」竣工、こけら落とし公演上演。
 ・12月 - 東京大学でバカ田大学(早稲田大学のパロディ)の講座が開校(天才バカボン参照)。
・2016年(平成28年)4月 - 大学院経営管理研究科設置。
・2018年(平成30年)
 ・3月 - 早稲田大学歴史館開館(1号館1階)。
 ・12月 - 記念会堂跡地に新37号館(早稲田アリーナ)が竣工。屋上部に戸山の丘が設置される。
・2019年(平成31年/令和元年)
 ・3月 - 早稲田スポーツミュージアムが開館(戸山キャンパス)。
 ・6月 - 国際文学館(村上春樹ライブラリー)設立(2021年4月開館予定)。
・2020年(令和2年)
 ・3月30日 - 東京大学と連携・協力の推進に関する基本協定書締結。
 ・4月17日 - オックスフォード大学理工系3学部と大学間協定締結。
 ・中国武漢に端を発するCIVID-19の流行が拡大したことを受け、2019年度卒業式及び2020年度入学式が中止となり、講義開始が4月20日以降に繰り下げられた。
 ・4月25日 - 新型コロナウイルスで経済的に影響を受けた学生に対し、「緊急支援金」として1人当たり10万円の支給を発表。

「早稲田大学」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年6月5日3時(日本時間)現在での最新版を取得。


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