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東北学院(教養)法/経/商/社会系


偏差値55( 3つ星評価 )
得点率概算66%
594点/900点満点
偏差値順位全国 756位/2324校( 学部単位 )
東北地方 20位/121校( 学部単位 )
宮城県 13位/42校( 学部単位 )
国公立/私立私立
男女共学
※記載の値はサイト独自に算出したデータであり、
ひとつの目安として参考程度にとどめてください。

【東北学院大学】
概要
年表 1886年 - 押川方義、ウィリアム・エドウィン・ホーイの協力により「仙台神学校」を開校。
1891年 - 校名を「東北学院」に改称。予科2年・本科4年・神学部3年に学制変更。
1895年 - 予科・本科を改組、普通科5年・専修部2年(文科・理科)に。
1898年 - 理科専修部を廃止。
1904年 - 神学部・専修部を専門学校令による専門科(3年、文学部・神学部)に改組。
1905年 - 専門科を専門部に、文学部・神学部を文科・神学科に改称。
1925年 - 神学科を専門部より分離、神学部(第1科・第2科)に。
1928年 - 専門部予科を廃止、専門部を4年制とする。
1929年 - 専門部を高等学部に改称、神学部を改組し本科・予科(3年)を設置。
1930年 - 高等学部師範科に専攻科(1年)を設置。
1936年 - 高等学部文科を文科第1部、師範科を文科第2部と改称。
1937年 - 東北学院神学部と明治学院神学部・東京神学社が合併、日本神学校を創立。その後青山学院神学部が合流。戦後の日本基督教団の東京神学大学の母体になる。
1942年 - 高等学部商科第2部を設置。
1943年 - 高等学部文科を募集停止、商科を高等商業部に改称。
1944年 - 東北学院航空工業専門学校を設置。
1945年 - 航空工業専門学校、東北学院工業専門学校に改称。
1946年 - 高等商業部を改組、東北学院専門学校(英文科・経済科)を開設。
1947年 - 工業専門学校が閉校。
1949年 - 教育基本法、学校教育法に基づき、専門学校は新制大学に昇格。文経学部を設置(専門学校の廃止は1951年)。
1951年 - 財団法人から学校法人に改組され、「学校法人東北学院」となる。
1962年 - 工学部を多賀城キャンパスに設置。
1964年 - 文経学部を文学部と経済学部に、文経学部二部を文学部二部と経済学部二部に分離。大学院文学研究科を設置。
1965年 - 法学部と大学院経済研究科を設置。
1966年 - 大学院工学研究科を設置。
1975年 - 大学院法学研究科を設置。
1986年 - 東北学院創立100周年。
1988年 - 泉キャンパスに教養部(文・経済・法学部)を移転。
1989年 - 教養学部を泉キャンパスに設置。
1993年 - 住居表示の実施に伴い、泉キャンパスの住所が、泉区市名坂字天神沢9番地1から泉区天神沢二丁目1番1号に変更される。
1994年 - 大学院人間情報学研究科を設置。
1997年 - 大学院文学研究科にヨーロッパ文学史専攻とアジア文化史専攻を設置。
1999年 - 大学設置50周年。
2000年 - 文学部英文学科、経済学部経済学科と商学科に昼夜開講制を導入。
2001年 - 文学部基督教学科をキリスト教学科に。経済学部商学科を経営学科に、教養学部教養学科言語科学専攻を言語文化専攻に改称。キリスト教学科の募集要綱からキリスト者であることを除いた。
2002年 - 工学部機械工学科を機械創成工学科に、電気工学科を電気情報工学科に、応用物理学科を物理情報工学科に、土木工学科を環境土木工学科に改称。大学院経済研究科に経営学専攻を設置。
2004年 - 大学院法務研究科法実務専攻(法科大学院)を設置。
2005年 - 教養学部教養学科の3専攻を人間科学科、言語文化学科、情報科学科の3学科に改組、及び地域構想学科を開設。文学部史学科を歴史学科に改称。
2006年 - 東北学院創立120周年。工学部を機械知能工学科、電気情報工学科、電子工学科、及び環境建設工学科に再編し、工学基礎教育センターを開設。
2009年 - 経済学部を改組し、新たに共生社会経済学科を設置。経済学部経営学科は経営学部経営学科に改組。土樋キャンパス内に東北学院大学博物館を開設。
2011年 - 文学部を改組し、キリスト教学科は募集を停止。総合人文学科を新設。
2013年 - 大学院法務研究科法実務専攻(法科大学院)における、2014年(平成26年)の学生募集停止を決定。
2016年 - 東北学院創立130周年。
2017年 - 工学部を改組。電子工学科は募集停止。電気情報工学科が電気電子工学科に名称変更。新たに情報基盤工学科を設置。
○ 東北学院 神学部 1936年(昭和51年)神学部を学院から分離。1937年(昭和52年)東北学院神学部は明治学院神学部・東京神学社に合同し、日本神学校(戦後の日本基督教団の東京神学大学)創設に至る。明治学院神学部(東京一致神学校)は日本基督公会から日本基督一致教会の流れを汲み、日本基督一致教会は東北学院創設者である押川方義の出身教会であった。東京神学社は日本基督公会から日本基督一致教会に至るまで、押川と志を共にした植村正久の設立した神学校であり植村は明治学院設立者の一人で理事、教授も歴任していた。東北学院神学部(仙台神学校)の創設にあたった合衆国・ドイツ改革派教会(Reformed Church in the United States,German,略称RCU)は日本における福音伝道には日本基督一致教会の諸州派と共同して当たり、仙台を中心に北日本を担当した。各教派の宣教師達は日本を地理的に分割して伝道を担当していた。日本基督一致教会(後の日本基督教会)はウィリアム・インブリーが、その合同事業を主導し、植村正久、井深梶之助の三人が中心になりミッションの伝道事業に日本基督一致教会伝道局との緊密な関係の元に行われること(協力ミッション法)を決議した。合衆国・ドイツ改革派教会はこれらを承認し協力ミッションになった。この様な背景から日本のいくつかの神学校を統合して、東京に合同神学校を作る話が進められていった。シュネーダーは余り積極的ではなかったが、もしもそれが多数意見であるならば、協力するつもりでいた。「教派的観点からは良いことだが、地理的には不便である」と述べている。シュネーダーの確信によれば、北日本には独自の神学校が必要である。東京に行った学生は牧師となって地理に不便な東北地方へ戻って来ないかもしれないからである「strong and distinctive local feeling」と表現するのがそれである。1930年代前半から 始まった東北学院神学部の存廃をめぐる論議の中 で、シュネーダーは「それぞれの地域の特性に応じた 神学教育機関が必須だ」という論拠から、また、東北学院は「それ自体の霊的生命のために、神学部の存在を欠かせない」からであった。

「東北学院大学」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(https://ja.wikipedia.org/)。2020年6月7日2時(日本時間)現在での最新版を取得。


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